「魔導研究所で起こった盗難事件?ああ、あの・・・」
老人が口ごもる。
「・・・注射器を一本盗られた。中にはシド博士が開発したばかりのアレが入ってた」
「魔導の抽出液ね」
「濃度が高すぎたやつだ。わしが鍵をかけ忘れたせいで、あの綺麗な女の子がおかしくなったんだろう?悔やみきれんよ」
老人は、それ以来帝国勤めがいやになって山奥に引きこもったという。
「ケフカは男よ」
「そうなのか?たまにしか会うことがなかったが、女の子にしか見えなかったな」
老人が語りだす。
あの若さでシド博士と互角に渡り合ってたんだ、大したもんだよ。
まだ20かそこらだったと思う。
魔導研究所には二つ部署があってね、科学部と言語学部だ。
互いに毛嫌いしてたね、わしは科学部にいたんだが。
言語の連中が何を研究してたのかは結局今でも理解できんよ。
「古文書の解読をやっているのかい?」
一度だけ、ケフカという子に話しかけたことがあったな。
最年少で言語学部の部長になっていたその子は、本の虫だった。
図書館に住んでるんじゃないかというほどよくいたな。
「文字が生きているというのは本当かい?」
わしは柄になくからかってやろうと思ったんだ。
「あんた、そんなにきれいなんだから、たまには化粧して外に出たらどうだい?」
その子はわしを睨んだが、何もしゃべらんかったよ。
かわりに聞こえたのは押し殺したように喉が鳴る音。
今思うと、アレが魔法の詠唱というやつだったんだなあ。
「男が放っておかんだろう」
という言葉は最後まで言えなかった。
わしが手に持っていた資料が突然燃え上がったからな。
その子はすでにそのころには世界中の古文書を集め、失われた魔法を復活させていたんだ。
文字通り、血のにじむような努力の結果だったと思うよ。
そして手に入れたいくつかの原初的な魔法が認められて、出世街道を進んだってわけ。
「じゃあ、ケフカはシドの研究のことを良く思っていなかったのね」
「当然さ。注射一本で魔法の力が手に入るなど、絶対に認められなかったはず。」
「で、注射器を盗んだのは誰なの?」
「誰でもありうるよ。鍵は開いてたんだから」
老人から聞き出せた有用な情報はここまでだった。
「ケフカは何度も出兵してるけど、一度だけ高熱を出して戦線離脱したことがあったの」
元帝国病院の医師が言った。
彼女もまた結婚して田舎に引きこもっていた。
「今思っても不思議な症状だったわ」
ケフカの手首と肩には、強く掴まれて出来たらしい大きなあざがあった。
―――レオと同じ部隊にいたのに、リンチに遭ったのかしら。
―――まあ、この人時々ものすごく殴りたくなるけど。
はじめはそう思った。
右腕に針のあとを見つけてはじめて薬物で昏睡していると分かったのよ。
「また薬をやったのね!」
私はケフカの主治医だったからよく知ってた。
彼は戦争の度におびえて、なんとか徴兵から逃げようと必死だったの。
それが無理だと分かると、精神薬を欲しがったわ。
軍が支給する麻薬の類は粗悪で、それがケフカの精神を蝕んだ原因のひとつなんじゃないかと思うのよ、私は。
「神経が細いから人殺しには耐えられないのよね」
しばらくして、眠っている彼が薄い白色に発光しはじめて、ひどく驚いたの。
一体なんの麻薬かと思ったわ。
あれこそが初期の魔導反応で、腕の注射跡は麻薬を打って出来たものじゃないと知ったのは大分経ってからよ。
ひどいことをされたもんだわ。
あれから私は何人もの魔導注入実験に立ち会ったけど、ケフカに注入されたのは牛か象にでも打つ濃度の抽出液だったようね。
激しい拒絶反応が起こって、一命は取り留めたものの退院するころには別人になっていた。
「その注射、誰がケフカに打ったと思いますか?」
「さあ・・・誰かに無理に打たれたんだとは思うけど・・・当時のケフカの部隊にはシド博士もレオもいたのよね。誰も止められなかったのかしら。」
(2008.5.22)
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