3 ロックとセリスの奇妙な新生活
その家に入ったとたん、不思議な音が聞こえた。
どこかの国の子守唄だった。
優しそうな男の声と小さな子供の声。
歌い終わって二人がくすくすと笑う声。
「・・・上手くなったね、ティナ」
聞き取れたのは、そう言った男の言葉だけだった。
「本当にこんな所に住む気ですか、お客さん。」
いや、不動産屋さんがそう言うくらいの物件ってすごいよ。
ごうごうと吹雪く、ここはナルシェからさらに北の山奥。
「売り物にならないなら、なんで20年以上も管理してたの?」
俺の横には長い金髪をひっつめて、帽子や耳当てで完全防寒したセリス。
こんなに寒いって初めから知ってたら、俺だってもうちょっと着込んできたよ。
「先代に聞かないと分からないですよ。先代はもう死んでるし管理人は行方不明、私はこんな家があることすら知りませんでした」
「そう」
セリスは寒さで赤らんだ唇をキュッと噛んだ。
「綺麗ね、この家」
確かに目の前のでかい屋敷は、どっかの貴族が隠れ住んでそうな趣きで、見るからにお宝が詰まってそうだった。
「お宝…いや、調度品はもう売られたり盗まれちゃったりしてないよなあ」
「いいえ。昨日確認に来て驚きましたよ。一式全部残ってます。」
不動産屋が玄関の鍵を開けると、中からは古い石造りの家独特の匂いがした。
「ここには昔、小さな集落があったのよ」
「まさか。そんな話、聞いたこともないですよ」
「当然よ。帝国が27年も前に侵略したから」
「なんの話だよセリス、早く火おこそうぜ。ストーブどこ?」
俺はセリスを放っておけなかった。
それだけのこと。
このごろのセリスはどこかおかしい。
長い戦いが終わってからは物思いに耽るようになって、家に閉じこもったきり何かを読みあさる日々が続いた。
「なにを調べてるんだ?」と聞くと、いつも「なんでもない」というそっけない応えが返ってきたので、そのうち聞くのもやめてしまった。
慣れた様子で暖炉に薪を放りこんでいくセリス。
まるでこの家のことをよく知ってるみたいだな。
「・・・私、この家に住むわ」
「ええ!?」
正気か?
「帰ってくるのを待つの」
誰が?
でも、答えはすぐに分かった。
暖炉の火に不気味に浮かび上がる壁の肖像画は、見覚えのある男の少年時代のものだった。
細い髪と虚弱そうな体と賢そうな額。
むかむかしてきた。
「俺は、帝国時代のセリスを知らない」
セリスの中になぜこの男が居続けるのかも。
「私は、この家でティナと暮らしていた彼を知らない」
「ティナに聞いたのか?」
「ティナの記憶は崩壊してるわ。自分で調べたのよ」
―いつも私は蚊帳の外だったの。
そうセリスが言う。
「ティナはたまにケフカに手を引かれて帝国に遊びにきたの。誰も彼らがどこに住んでるか知らなくて・・・・シド博士や他の色々な人が後をつけたりしても、この家は絶対に見つからなかった。
私は彼女にこんにちはって言ったわ。初めはティナがうらやましくて、ケフカがおかしくなってからは気の毒になっていった・・・」
俺は、セリスの帝国時代を知らない。
「ケフカとティナが完璧な家族に見えたの」
どれだけ孤独だったのかも知らない。
「この家で一緒に住みたかった」
帰ろう。
でも、どこに?
「あなたは帰っていいのよ、ロック」
どこに?
そうして、俺とセリスの変わった新生活が始まった。
この家は思った以上に、意外なほどに居心地が良くて、今どうしてるかって聞かれたら、まあ、まだ居るんだって答えるよ。
ケフカの書斎で見つけた薄気味悪い紙切れは、俺が捨てた。
誰にとっても、もう要らないものだと思ったからな。
(2008.5.10)
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