「殺人と婦女暴行で、普通ならギロチンだぞ、カイン」
知らねえ。
俺がしたことといったら、軍の上司の奥方を美味しくいただいたことと、たまたま帰ってきた上司をうっかり刺したこと。
それだけだ。
あの女の方から誘ってきたのに、旦那が死んだとたん俺をレイプ魔扱いだ。
まあ、いいけど。
「社会奉仕10日間で済むそうだ。貴族特権だな。」
「で、俺は何を奉仕すりゃいいんだよ、叔父貴」
「死刑囚の慰問だそうだ」
俺の貴重な10日を奪いやがって。
「ここには凶悪犯もいますよ、旦那様」
ニヤついた看守が鍵をじゃらつかせて言う。
「フ、バカバカしい。俺は竜騎士だ。」
「オイ、皆。この方は名高い貴族のカイン様だ。立ち居振る舞いを良く見てお手本にしろよ。」
バカなことを。
俺は、次々に房をめぐって、死刑囚と世間話をした。
形だけだ。
話は右から左に抜けている。
誰がこいつらの惨めな日常生活に興味がある?
「あの房は?」
「ああ、あれは無害ですよ。セシル・ハーヴィといって新入りです。
オイ、セシル、仕事は進んでいるか?」
「・・・・はい」
見るとそこには、死刑囚房にふさわしくない麗人がいた。
鉄格子からわずかに漏れる昼の光が、銀色の髪を照らしている。
うつむいた横顔は血色が悪く、それがまた幻想的な雰囲気を感じさせた。
「女囚がいるのか?」
「いいえカイン様、セシルは男です。興味があるならどうぞ中に。
こいつは何しても文句言いませんから。」
・・・・胸クソ悪い。
「はじめまして、旦那様。僕はセシルです。」
セシルはうつむいたまま挨拶した。
彼の手は、ゴワゴワした鳥の羽らしきものをほぐし続けている。
看守にすすめられてなんとなく房の中に入った。
狭くて薄暗い独房は、黄色い羽で満たされている。
「なんだこれは?」
「チョコボの羽毛です。布団やジャケットに入れるそうです。今、旦那様が着ているような・・・。」
セシルが俺のダウンジャケットを見ながら言った。
「俺はそんな安物は着ない」
「あ・・・」
セシルが初めて顔を上げた。
吸い込まれそうな緑の瞳が俺を捕らえる。
「・・・すいません・・・」
「チョコボは剛毛だ。お前、手が血だらけじゃないか。」
「・・・・でも、今日中にそっちの袋のもほぐさないと」
大量だ。
「お前、何をしたんだ?」
「・・・・パンを盗んだんです。おなかすいてて。」
「・・・・で?」
「・・・・それだけです。」
「それで死刑なのか?」
「・・・・ハァ。僕、身元不明ですし。」
バロン国がどうもおかしいことに、俺はようやく気がついた。
「でも、僕は月から来たんです。」
「はあ?」
「小さいころ、兄と一緒に月の神殿に住んでいた記憶があります。」
ああ、コイツは頭がヤラれてるんだな。
なんだかセシルがすごく可哀想になった俺は、柄にもなくチョコボの羽ほぐしを手伝ってやろうと思った。
彼の脇に置いてある袋に手を伸ばそうとした時、セシルが震えあがった。
「・・・・!」
「なんだ?どうした?」
「・・・・いえ、なにも・・・」
俺に何かされると思ったのか。
哀れなヤツ。
「・・・・お前、ここから出たいか?」
「・・・・いえ、他に行くところもないですし・・・・」
フン、こいつもか。
俺に救いを求めてくればいいのに。
俺にすがり付いてくれば、助けてやるかもしれないのに。
本気で俺を求めてくる奴なんかいない。
当たり前だ、俺が本気になれないんだから。
俺のほうが誰も愛せない。
その晩、夢の中にセシルが出てきた。
俺は、小さいセシルをつれて月の神殿を歩いている。
足の裏に触れる、回廊の冷たい感触までもがとてもリアルで、ただの夢とは思えなかった。
(2007.6.25)