子羊の眠り 1

カイセシ 注:暗い

扉を開けた途端、目に飛び込んできた光景に、世界は一瞬にして真っ赤に染まった。

ベッドに横たわるセシル・・・そして、そのセシルに跨る男。
甘ささえ感じるような部屋の空気に、何があったのか・・・そしてこれから何が行われようとしているかなんて、馬鹿でもわかる。
俺という邪魔者の登場に、男はぎょっとしたような顔で、俺を見・・・そして、セシルはつらそうな顔をして俺から目をそらした。
その時・・・俺は何か言葉を発したかもしれない。
セシルの名を呼んだかもしれない。
何をしているのかと怒鳴ったのかもしれない。
俺はその時どんな顔をしていただろう?
まぁ・・・どんな顔にしても、男の恐怖を煽るには十分な顔だったに違いない。
俺と同じ年代くらいの男は、セシルに覆いかぶさっていた体を起こし、俺から距離をとるように背を壁につけた。
俺から顔をそらすセシル、そして驚愕の目で俺を見る男。
俺は、数歩で男の元へと歩み寄り・・・それから容赦なく左腕で彼の頬をうった。
竜騎士の完全武装、小手を着用した状態で繰り出した左拳は、彼の頬を簡単に切り裂いた。
頬の筋を切った確かな手ごたえと共に、男は吹っ飛び、後頭部を壁に強打。
そのままベッドを転げ落ちる。
ボタボタと音を立てて床に落ちる血。
ベットと壁の間に落ちた男に俺は帯刀していた剣をすらりと抜いた。

 殺してやる・・・ 

敵前においても、此処まで殺意を明確に持ったのは初めてだったかもしれない。
床で呻く男を俺は知らない。
はじめてみる顔だった。
だが、そんなことは関係ない。
彼は許されざることをやったのだ。
セシルに・・・。
切っ先をまっすぐに男に向け、男が俺の顔を見るのを待った。
男の顔が恐怖に歪む様を見たかった。
俺がどれほど怒っているか・・・そして、自分がどれほどの間違いを犯したのかを悟らせたかった。
男は呻き、ゆっくりとこちらを見る。
その目には、俺を満足させるに十分な恐怖が浮かんでおり、俺はそれを口の端で小さく笑った。
ざまぁみろ・・・。
セシルに手を出したのが運のつき。
俺は剣を・・

「カイン!!!!」

ドンッと何かが俺にぶつかって、ハッとそちらを見れば、セシルが俺の左腕にしがみついていた。
その一瞬、記憶が混乱した。
「カイン!!剣を離せ!」
「セシル・・・?」
グイグイと腕を引くセシル。
何故、セシルがこんなところに・・・?
俺は一体・・・何を・・・?
「カイン!剣を離せ!」
剣・・・・?
セシルのしがみつく腕・・視線でゆっくりと辿ると・・・そう、俺は剣を持っていた。
愛用の槍は部屋においている・・だからいつも腰につけている予備の剣だ。
頬から溢れ出す血で、半身を血に染めた男に向けて突き出された、青い柄の銀に輝く剣。
男の恐怖に見開かれた瞳を見たとき、一瞬の間失っていた記憶が如実になった。
「・・・離せ!セシル!」
そうだ。
こいつは・・・こいつは・・・セシルを・・・・!!!!
「ダメだ!カイン!」
こいつは・・・セシルを・・・・!!
「セシル!離せ、俺はコイツを・・・ッ!」
「カイン!お願いだ!」
俺たちが争う前で、血塗られた男は動くことすら出来ずに唖然としている。
その顔を・・・俺は切り刻んでやりたい。
なのに・・・何故、邪魔をする・・・・!
セシルのためだ。
セシルを傷つけようとしたヤツだ。
汚い手でセシルに触れようとした。
そして、あまつも穢そうとした。
何故、そんな最低な野郎をかばう?
「セシル!」
俺は腕を思い切り振り、セシルを突き飛ばす。
セシルは小さく悲鳴をあげ、どうと倒れこんだ。
少しの罪悪感。
しかし、そう・・まずは男を始末する・・・・。
俺が男に向き直ると、男はのどの奥で小さな悲鳴を上げた。
俺は下げていた剣を男に向けなおした。そして、口の中でさよならを言う。

「カイン!違うんだ!悪いのは僕なんだよ!」

セシルの叫び。

「僕が誘ったんだ!僕が誘ったんだよ!!!!!」

セシルの叫び。
剣は、男の顔をかすめ深々と壁に突き刺さった。


2へ