子羊の眠り 2

カイセシ 注:暗い

裏切ったのは僕。
真っ黒な罪に染まった僕。
無限地獄を歩く僕。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・ごめ・・・・」

自失し、動きを止めたカインの横を、男がすり抜けて部屋を出た後、僕はただただそんなことを呟きながら顔を手で覆った。
悪いのは僕。全ての罪は僕にある・・・そんなこと、わかっていたはずなのに・・・それなのに、カインを傷つける事には思い至らなかった。
馬鹿だ・・。本当に。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい」
とめどなく溢れる涙。
人というものはこれほどまでに泣けるのかと思うほどに、涙は溢れた。
涙腺というものが壊れてしまったかのように、次から次へと・・・。
「セシル・・・」
酷く疲れたように呟かれたカインの言葉に、彼が僕のほうを振り返ったのに気付いた。
僕はそれにますます身を縮めて謝った。
「ごめんなさい・・カイン・・・ごめんなさい・・・・」
ギッと音を立てた床、彼が近づいてくる。
それに逃げ出したくなったけれど、体は動かず僕はただ泣くことしか出来ない。
1歩、2歩、3歩目で僕のすぐ傍まで来たカイン。ゆっくりと腰を降ろした。
顔を手で覆っていても、それは分かる。
「ごめんなさい・・・カイン・・・・」
「何故、謝る・・・?」
優しく気遣うようなカインの声。
「ごめんなさい」
僕は彼を裏切ってしまった。それも最悪な形で。
「セシル・・・泣くな」
「ごめんなさい」
仕方が無い。
そう思っていた。
それが彼を守ることにもなると信じていた。
だって僕は・・・
「お願いだ。泣かないでくれ。」
「ごめんなさい・・・」
真っ黒に染まった僕だから。
「何故泣く?何故謝る?」
そっと僕の髪に触れた彼の手に、大袈裟に僕は体を震わせて、それを拒否する。
息を呑んだような気配。
カインは手を引いた。
「お願いだ・・・。泣かないでくれ。どうしたらいいかわからなくなる。」
彼が本当に狼狽して、どうしようもなく戸惑っているのが分かった。
「ごめんなさい・・・」
僕はただ、カインを傷つけたくなかっただけなのに。
自分すらわからなくなるような漆黒に落ちていく僕は・・・彼を不幸にしか出来ない。
「セシル・・・・。悪いのは俺じゃないか・・・・。あの男がお前の・・・」
言いよどんだカインに、僕は首を横にふる。
違う・・・それは違う。
だって、僕がずっと憧れ、真っ黒に染まって尚、諦めきれないのは・・・
「だったら・・・」
「ごめんなさい」
聞かないで。
「セシル」
優しい声で、僕の名を呼ばないで。
「セシル」
「お願い・・・もう帰って」
じゃないと。本当の心を言ってしまいそうだ。

体を小さくし、涙を流し、震える僕はなんと滑稽なのだろう?
僕が好きなのはカイン唯一人。
ずっとずっと、彼だけを見てきた。
彼の傍で笑っていたかった。
だけど、僕では彼を幸せにすることは出来ない。
僕の手は血に穢れ、魂は闇に染まっている。
傍に居ることすら罪になるなんて・・・。

「セシル・・・俺は・・」

忘れようとしたんだ。
カインの存在を上書きしようとしたんだ。
出来るはずもないのに・・・分かっていたのに・・・。
なんて罪深い・・・そして愚かな・・・。

「俺は・・・お前が好きだ・・・セシル」

「どうして・・・・どうしてそんなことを・・・」

一番、聞きたくて・・・一番、聞きたくなかった言葉。
どうして・・・今、そんなことを・・・・っ!

僕は罪に汚れている。
僕の傍には死神が笑っている。
みんな、みんな不幸になっていく。
だから・・・だから、彼だけは傷つけたくなかったんだ。
なのに・・・本当に・・・最低。

「カイン・・帰ってくれ」

僕を捨ててくれ。
こうなったら・・やぶれかぶれだ・・・。
僕は泣きながら笑った。
そう・・・カインと友達を続けながら、その影で裏切り続けるなんて・・・そんなの調子が良すぎたんだ。
汚い汚い感情。
彼が好きで、好きで・・・彼を傷つけない代わりに、他人を犠牲にしようとしたこれは罰。
彼に降りかかるであろう陰の気を、都合よく誰かに肩代わりさせようなんて、そうしていれば、彼の隣で笑っていられるなんて・・・・・・やっぱりできるわけがなかったんだ。
やはり僕は暗黒騎士・・・黒く染め上げられた漆黒の悪魔。
悲鳴に酔い、死に笑いながら寂しいと泣く悪魔。
誰をも不幸にせずにはおれない・・・そんな悪魔。

深く息を吐いて、カインが立ち上がる気配。
ギッとまた床が鳴り、カインがゆっくりと遠ざかる。
顔を手で覆っていても分かる。
彼は今、ノブに手をかけたところ。そしてゆっくりとドアを開けたところ。
そして、半分ほどをあけて一歩を踏み出し、それから振り返り僕を見る。
床に座って情けなく嗚咽を上げる僕を。
それを蔑んだような目で見て、さよならを言う。

「セシル」

ほら・・・ね。
長く一緒に居すぎたせいで・・・何もかもが分かってしまうのが、滑稽でならない。
さようなら・・・さようなら・・・カイン。
新たな熱い涙が溢れ出す。

「俺は、お前を離さないからな・・・絶対に」





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