『いつまでそうしているつもり?』

 

「放っといてくれ」

 

『あなたまた痩せたわ』

 

「ひとりにしてくれ」

 

カインが試練の山に籠もってひと月が経とうとしていた。

 

わたしの心を開いてくれた小さな男の子が、恋に破れて自分の殻に閉じこもっている。

 

それはまるで以前の自分を見ているようで、いたたまれない。

 

 

 追憶


「これを食べてよ、竜さん」

 

・・・何よ、この子・・・それに竜さんって何よ。

 

・・・ああ、リチャードの息子か。興味ないわ。

・・・放っておいて。

 

「これ、リンゴっていうんだよ。遠い寒い国でしか作れないんだって」

 

・・・知ってるわよ、貴方の何倍生きてると思っているの。

 

花咲くリンゴの森を駆けたこともあるわ・・・リチャードとともに。

 

・・・ひとりにして。

 

「グルルルル」

 

わたしが威嚇の声をあげれば、大抵の人間は逃げる。

 

カインは逃げなかった。

 

「・・・ぼくだって独りぼっちなんだ・・・でもがんばってるんだよ」

 

・・・ああ、そうだったわね、あなた、孤児になったのね。

 

ごめんなさい。

 

カインは子供の頃から不思議な瞳をしていた。

 

意志の強そうなところは父親に似ていたけれど、どこか哀しそうな目。

 

主人を亡くした私以上に孤独だったのだろう。

 

わたしは、差し出されたリンゴを食べた。

 

それは甘酸っぱい記憶の味がした。

 

 

 

『人間になりたい?』

 

『・・・どうしても』

 

 

あれから何年もカインの隣にいて、彼の成長を見守ってきた。

 

カインが竜騎士団隊長に就任した時は、自分のことのように喜んだ。

 

戦地では共に戦い、意見の衝突もあったけれど、勇敢さを競い合ったものだ。

 

リチャードに抱いていた信頼と忠誠心以上のものをカインに感じ始めたのはいつのことか。

 

 

 

『すべてを失っても』

 

人間にとっては伝説の竜の国。

 

竜の長老たちは、わたしを哀れむような目で見ていた。

 

『お前を止めることができたら』

 

誰かが言ったけれど、わたしの決意は変わらないまま。

 

 

永遠の命と引き換えに。

 

力と引き換えに。

 

天かける翼と引き換えに。

 

わたしは人間になった。

 

『相手がお前を受け入れなかったら、お前は死ぬ』

 

結構。

 

カインと結ばれなかったら、どのみち死を選ぶのだから。

 

 

 

それでも不安でたまらない。

 

彼はわたしに気付くだろうか。

 

 

試練の山に佇む彼に近づく。

 

わたしの髪は濃い赤で、瞳も赤。

 

赤色の竜だった名残だろう。

 

肌だけは白く、日の光がちりちりと痛い。

 

 

カインはわたしに気付くだろうか?

 

 

 

わたしは、手に持つ赤い果実を彼に差し出した。




(2007.9.8)



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