ケフカがガストラの愛人になったのは15歳の時だ。
その頃の彼の髪はもっと濃い色をしていて、肌も日に焼けていた。
代々ナイトの称号を持つ家系の長子らしく、よく訓練され体は丈夫で、同じ年の子らよりずっと強かった。
味方が全滅した後、ガストラ軍に単独で斬り込んで行った無謀さも、皇帝の気を引いた要因だったかもしれない。
気性の荒い闘犬を従わせるのが楽しくて仕方ないと、ガストラは自分の趣味について俺に語ったことがある。
ケフカに与えられたのは、焼け野原になった領地と、家族の処刑と、略奪だった。
まだ幼いと言ってもよいケフカは、そのうえで死か隷属かを選ばされたのだが、実際の所はあまり選択の余地はなかったのだと思う。
ガストラの手に落ちた時には壊れた人形のようになっていて、何をするのも気だるく、生きる希望もなかったが死ぬ気力もなかった。
どちらにせよ、彼はまだ生きている。
そして成長が止まり、かぼそく、色素が抜けていった。
「ガストラ様が即位されて20年目の祝賀祭というのに、ずいぶん暗い顔をしていますね、レオ将軍殿」
祝賀祭はベクタ城のホールで行われていた。
正装した軍人たち、ドレスを着た貴婦人たちが飲んだり踊ったり、思い思いに楽しむ中で、たしかに俺はひとり、物思いに沈んでいた。
「謀反でも企んでいるのかな?だとしたらガストラ様に報告せねば」
俺がようやく声のする方に振り返ると、そこにはいつも以上にドレスアップしたケフカがグラスを片手に持って立っていた。
赤く塗った唇はつややかで、妖艶という言葉がふさわしい。
「・・・ケフカに話したいことがあるんだ」
「ふーん、でも、今夜はガストラ様と遊ばなきゃいけないからねえ・・・その後でならいいよ。あの親父、年とってしつこくなったから、いつになるか分からないけど」
「今すぐに」
あんまり優しくすると、泣いてしまうことも知っている。
だからわざと突き放している。
そのほうがお互いに楽なんだ。
どうしようもないことだってあるんだと俺が学んだのはいつだったか・・・。
チョコレートのような色をしたオーク材のドアをやっと開けて、父が言った。
「ケフカ様・・・?なんというおいたわしい姿に・・・」
俺の父親は生涯、気楽な傭兵生活を楽しんだ。
主人を持たず、自分の腕一本で生きていることに誇りも持っていた。
不安定な生活を嫌って母親が出て行ったことも、彼を余計に気楽にさせただけだった。
そんな父でも、パラッツォ家に雇われていた時の気持ちよさは忘れていないと言う。
「あなたの父上と私は友人でした」
豪華な椅子の上に長い手足をだらりと投げ出した15歳の少年が、俺の父の言葉に反応してボンヤリと見上げる。
そこはベクタ城の特別室で、腕利きの用心棒として雇われたばかりの父でも、本当なら立ち入り禁止のはずだった。
俺もそこにいて、意味も分からず父親にしがみついていたのを覚えている。
「しかし、あなたは幼くても騎士だ。なぜ自害しなかったのです」
俺はたしかにケフカを知っていた。
5つか6つの時に初めて会ったはずだ。
彼は高慢ちきで、いつも人を小バカにしているいやな子供だったが、俺とは気があった。
俺は生まれたばかりの小鳥のようにケフカの後をついて回り、一緒になって汚い言葉を吐いたものだ。
「今死んだらただの犬死だろう・・・ぼくは生きて・・・力をつけて・・・復讐する」
やせた少年の甘ったるいつぶやき声に、俺の父が納得したとは思えない。
だがそれ以降、父はケフカの邪魔をしなければ、協力もしなかった。
俺は気位の高かったケフカの身に何が起こったのか理解できないまま、そのやせた体を心配し、機会さえあれば助けてやりたいと思って帝国軍への入隊を心に決めたのだ。
「あれから20年経ったな、ケフカ」
俺たちは騒がしいホールを抜けて、ベクタ城のテラスに2人で立っていた。
ベクタでもよく晴れて空気の澄んでいる夜には、満天の星々を見ることが出来る。
「なんの話です?」
俺はこの20年間で起きたことを考えていた。
力を求めて、危険な実験に身を投じたケフカの心が次第に壊れて行ったこと。
彼が色々な記憶をなくしたこと。
俺の初めての出兵が決まった晩に抱かせてくれたこと。
俺を愛していると言ってくれたこと。
彼の記憶からはひとつずつ消えていくのだろう。
「お前は生き抜いて力もついた・・・国をくつがえすことができるほどの力だ」
「それが何か?」
復讐するなら今だ。
お前が出来ないなら俺が殺してやる。
ガストラを。
そして俺たちは・・・。
生まれては消えていく言葉の全てが空しく、星空を見上げた。
俺たちはどこに向かえるというのだろう。
袋小路だ。
ケフカは滅ぶ道を進んでしまった。
「なあ、今夜はここにいないか?」
「風邪をひきますよ」
「でも、星がきれいだ」
「そうだね・・・」
ふふふと笑いながら、彼は俺の肩にすり寄ってきた。
(2009.1.8)
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