ベクタ城に若い陽気なシェフがやってきた。
彼はあっという間に料理長になって、厨房のメンバーを全て入れ替え、それまで陰気だった軍食堂に華を挿した。
「相変わらず豪華な食事だな」
俺は軍用の食事トレーを抱え、とっくりと中身を眺めながらつぶやいた。
焼きたてのパンなんて、1年前まではこの世に存在しないものだと思っていたのに、今ではそこにある。
ポークビーンズに入っているハーブはどうやら本物のようであり、クラムチャウダーにはちゃんとクラムが入っていた。
それだけでも1年前までは信じがたいことだったのに、今では鮭のテリーヌまでもがついてきている。
「ランララララ〜」
厨房から聞こえる陽気なカンツォーネにつられて、俺はいつものようにふらふらと中を覗き込んだ。
フライパンの他に実験器具のようなものが立ち並び、そこはまるで研究所のような趣だった。
これも、彼がやってきてから変わったことのひとつだ。
「あっ、また腹ペコのひよこが顔を出してるぞ。イベリコ!鍋を洗っとけ、僕の手を汚すな」
「はっ、料理長」
俺の顔を見つけた料理長は、花のような顔をいたずらっぽくほころばせ、温度計を魔法使いの杖のように振り回しながら近づいてきた。
「何かね、ヒヨッコの訓練生がぼくの料理に文句でも?」
「いえ。それに俺はもう訓練は終了しました、立派な新兵です」
「ヒヨッコには変わりないね」
料理長はそう言って、俺を突っつき回しながらいつも珍しい料理を1品2品追加してくれるのだ。
俺は彼が大好きだった。
「お前は体だけはでかいからな、これでも食っとけ」
今日の料理長は温かい皿に乗ったアイスクリームをくれた。
「ガストラ皇帝のためのデザートですか?この寒いのにアイスなんて・・・」
俺はブツブツ言いながらも、素直にアイスを1口すくって食べた。
すると、いかにも冷たそうに見えていたアイスは温かく、口の中で冷やされて溶けていくのだ。
「ふしぎだろ?ジドーリカという薬品を混ぜると、クリームは45℃以上で固体になり、45℃以下で液体化するのだ。ちなみにジドールで開発されたのでこの名がついている」
彼は料理人というよりも科学者に見えた。
いつも大声で嬉しげな歌を歌っているので、完全なバカだと信じている人も少なくなかったが、おそらく軍の誰にも負けないほど賢いのではないかと俺はにらんでいた。
そもそも料理自体が俺にとっては魔法の一種だったのだ。
「あれ、料理長?そこにある巨大な肉は何の肉ですか?」
俺はホットアイスクリームの感激に浸りながらも、調理台の上の異様なかたまり肉に気付いた。
大きな鹿の足肉のようにも見えるが、変わった模様の毛皮に覆われており、切り口の肉は緑がかった黒をしている。
「・・・<ラムウ肉>とかなんとか」
「ラム肉ですか?」
「・・・・<ラムウ肉>とかなんとか言っていた気がする・・・・」
料理長もまたその肉には困惑しており、料理法についてアレコレ思い悩んでいたようだ。
「皇帝陛下の命令とあらば、何でもするのがぼくたちの仕事ではあるが・・・」
とりあえず生で試食してみたらやたらと臭かったので2日ほどワインとブランデーに漬けてみたと言う。
「焼いたのを試食したら、今度はやたらと硬かったのだよ」
だから、今度は酢漬けにした。
「それでも硬いので、もうミンチにしちゃうよ」
3人がかりで皮を剥がれる<ラムウ肉>を横目で見ながら、料理長がうんざりと言う。
「にんにくたっぷりとエシャロット、たまねぎを刻んで入れて、卵白、白ワイン、赤ワイン、シェリー酒・・・・・」
指示通りにテキパキと動く彼の部下たちには、一分の無駄もない。
みるみるうちに<ラムウ肉>は緑っぽいミートボールに変わっていった。
「アレの試作品を味見しすぎたせいかな・・・なんだか酷く腹が痛くなってきた・・・」
料理長がいつにもなく青白い顔をして言った。
「いや、でもアレ、美味しそうですよ料理長!一回油で揚げてからトマト煮にしたらどうでしょう」
「うっぷ・・・・う、うん・・・お前がそう言うならそうしよう。言っておくが、アレはお前ら陸軍9班の昼食だからな」
「やったあ!」
俺はその時17歳で・・・他人が作ってくれた料理は何であっても美味しかった。
その日の昼食は食べたそばから集団食中毒を引き起こしたが、俺はひとりケロッとしていて、2個目のホットアイスにもありついていた。
やがて、<イフリー島カレー>や<シヴァフライ>、<カーバンクルエッグ>などがたびたび陸軍9班の給食メニューに加えられるようになり、数多くの死者、行方不明者を出している。
俺は何を食ってもピンピンしていた。
最も多くの肉を食べた気の毒な料理長こそが後の悪名高きケフカ・パラッツォであり、彼の献身的な幻獣調理の研究によって生まれた安全な肉料理こそがセリスらルーンナイトを生むことになったのであるが、今となってはその事実を知る者は少ない。
当時の陸軍9班の大半が死ぬか狂気の魔導士と化したからだ。
俺は何を食ってもピンピンしていた。
しばらく経ってから知ったことだが、当時のケフカは別に料理人でもなんでもなく、魔導研究所から派遣された一介の研究員だったのだそうだ。
屈強な兵士にしばらく良いものを食わせて体力をつけさせ、幻獣の肉を食わせて様子を見るというのが彼に与えられた仕事。
幻獣の肉を食ってみようと言い出したのが誰なのかは知らない。
とにかく彼の任務に調理などは含まれていなかったのだ。
「ぜんぶ塩茹ででもよかったのに・・・」
俺はまだ若干まともだった頃のケフカに聞いてみたことがある。
「危険かも知れないと知っててなんでアレコレ料理したんですか?味見までして・・・」
「そりゃあ、だって、お前が美味しそうに食うから・・・料理が楽しくなっちゃってさ・・・しかし、何でお前だけ無事なんだ、レオ」
「さあ・・・・」
それだけは今でも分からない。
俺は書類の上では魔導の注入をかたくなに拒んだことになっているが、実際の所はどうも、胃腸がものすごく強かっただけではないかと思えてならない。
(2009.1.4)
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