レオ将軍が休みのたびにどこかに行くようになった。

今まではいつ出撃命令があってもいいようにと、休みでも自室にこもりがちだったのに。

ケフカは面白くなかった。

 

「女がいる・・・」

帝国城をあとにするレオのうきうきとした足取りを眺めていると、ケフカの中に言いようのない焦りが生まれてきた。

彼は出窓にしがみつきながらつぶやく。

「女がいるに違いない・・・」

 

ケフカにとってそれは、今までに考えたことのない組み合わせの言葉だった。

レオに女。

吐き気がする。

今までのレオ将軍の女性関係の希薄さから考えて、1度の食事で即結婚という勢いが容易に想像できた。

 

「させるものか・・・」

思いつめたケフカはクロゼットに飛び込み、真っ黒なコートを引っぱり出してきた。

レオを追って帝国城内を駆け抜ける彼の顔はいつにも増して狂気に満ちている。

 

「何してるのケフカ。これから会議でしょ」

廊下でばったり出会ってしまったセリス将軍は不運だったとしか言いようがない。

「うるさい小娘!ぺっ!」

 

そして彼は尾行を開始したのだった。

 

 

 

 

「こういう所に住むのが夢だったんですか、レオ将軍」

「ああ、そうだよ」

1時間後、ケフカは木陰にしゃがみこんで男女2人の会話を聞いていた。

全身から力が抜けていたのだ。

片田舎の古い小さな一軒家がそこにはあった。

一番近い民家まで歩いて半時間はかかるような所だ。

 

「新居・・・」

ケフカは、自分にも聞き取れないくらいの小さな声でうめいた。

「新居だ・・・・」

なによりあぜんとしたのは、レオの隣で笑っている小娘の存在だった。

いかにも田舎の娘といった格好だが、可愛らしい顔をしていてセリス将軍よりも若く見える。

「・・・ロリコンめ・・・・」

ケフカは爪を噛んでうめき続けた。

 

田舎娘が言う。

「こんな人目につかない家をよく見つけましたね」

娘は裸足になって、凍ったジャガイモをぐちゃぐちゃと踏みつけ始めた。

冷たそうだと見かねたレオも靴を脱いで手伝う。

田舎の保存食作りだ。

 

「あいつら定住する気だ・・・・」

せっかく赤く塗ったばかりの親指の爪が音をたてて割れる。

レオ将軍は人目を忍んで、週末ごとにこんな所で乾燥イモのスープを飲んでいたのだ。

ケフカに黒い感情がうずまく。

 

娘の肩につかまりながらレオが言った。

「ああ・・・ケフカにだけは知られたくなくてな。」

ケフカの細い肩がぴくりと反応した。

 

「あの男にだけは邪魔されたくないんだ、俺たちのこと・・・」

「でも、週末にしかいらっしゃらないのでは、寂しさで死んでしまいます」

「ああ、すまない」

凍ったイモの上で二人は立ちつくし、見つめあった。

 

「赤ちゃんが出来たみたいなの」

 

「ゲボォッ」

木陰でひざを抱いていたケフカが突然血を吐いた。

「そんな」

レオと自分の関係は一体なんだったのだろう。

薄れ行く意識の中で彼は考える。

愛し合っていたとは思えない。

顔を合わせば喧嘩ばかり。

それでも互いに求め合った晩もあったではないか。

女ができたらポイですかそうですか。

 

口の端から血を垂らしながらも、ケフカはゆらりと立ち上がった。

悲しみよりも怒りが勝ったらしい。

「壊してやる・・・」

 

イモの上の二人が漆黒のコートを身にまとった悪魔の存在に気付くのに時間はかからなかった。

悪魔の右腕からは炎が、左腕からは氷の塊が噴き出している。

「お前ら、どっちで死にたい・・・?」

 

小娘がおびえて泣き出した。

「やめてーっ 何も悪いことしてないのにーっ」

彼女は震えながらも一軒家の玄関まで走り、ドアを守るようなそぶりを見せた。

 

「お前の存在が悪だ小娘 言っておくがお前に魅力があったわけではないぞ、レオが童貞だっただけだ!」

「なんの話だケフカ落ち着け 彼女の体に障る・・・」

 

レオまでも玄関ドアを守りに行ったことがケフカをますます激怒させた。

彼は顔を真っ赤にしてまくし立てる。

「そんなに大事か、愛の巣が!!ぼくだって・・・ぼくだって、その気になれば子供くらい産めるぞ!」

「だから何の話をしているんだケフカ 落ち着け。彼女は身重で気が立っている」

「チョコちゃん逃げてーっ」

「クエーッ」

 

ふいにケフカの世界が暗転した。

卵を持って気が立っている牝チョコボが玄関ドアを蹴破り、彼に襲いかかってきたからだ。

ケフカは顔面に蹴りを入れられ、そのまま倒れた。

 

 

 

「・・・だからケフカには知られたくなかったんだ」

枕元でことこととお湯が沸く音がする。

ケフカは横たえられたベッドから天井をぼんやりと見上げていた。

一軒家の中には男二人とチョコボが一匹いて、限りないチョコボ臭で満たされていた。

「お前は生きとし生けるもの全てが嫌いだからな」

レオがストーブの上の鍋をかき混ぜながら言う。

「半年前の遠征でチョコボの森を破壊してしまった。そこにいるのはその時の生き残りだ」

ふたりのすぐ横では先ほどケフカの顔を蹴ったチョコボがわらの上でスヤスヤと眠っていた。

「帝国に連れ帰っても飼う場所がないのでこの家を借りたんだ」

 

「・・・あの小娘は?」

ケフカがようやくぽつりとつぶやいた。

「大家の娘さんだ。俺のいない間チョコボを可愛がってくれている」

「・・・そう・・・」

いたたまれなくなったケフカは毛布の奥の奥まで潜って行った。

毛布を掴む手の爪がひとつ欠けていて、そこから血がにじんでいることにレオは気付いている。

 

「なあ、ケフカ」

「何も言うな」

「・・・黙っていてすまなかった。お前がそんなに嫉妬深かったとは思わ・・・」

「うぬぼれるなブサイクが!誰がお前なんかに・・・・いっ たーい!」

毛布の中から怒鳴っていたケフカが、指先に焼けるような痛みを覚えて顔を出す。

見るとレオに腕をつかまれ、綿いっぱいに染み込ませた紫色の消毒液を傷口に塗られている所だった。

効き目はあるがよく染みるので売れない薬だ。

 

「ケフカ、お前のことは恋人だと思っている。だがあんまり可愛くない態度だと」

「いたいってば!」

「ここで飼うからな」

レオはそれだけ言ってケフカの腕をぽんと投げ出し、帰ってしまった。

 

じんじんと痛む指先を抱え込むようにして彼はベッドの脇に立ち、ストーブの上に残されたスープを覗き込む。

「べつに嬉しくなんかないよ・・・」

鳥のエサなのか自分のエサなのかよく分からない。

大きなスプーンでぐるぐるとかき混ぜてもイモの匂いしかしなかった。

「恋人とかちょう気持ち悪いわ」

ごろごろした乾燥イモのひとつを試しに口にしたら、塩味がちゃんときいていた。

そもそもチョコボはイモは食べない。

 

「鳥のエサだなこれ、まずすぎる・・・」

鳥に見られている気がして毒を吐き続けたがケフカの顔は笑っていた。

 

(2008.12.18)



戻る