ー部下が無能でしたー

「うん、これは絶対に報告せんと」

 

ー氷漬けの幻獣は残念ながら手に入らずー

「くそっ、もっといい表現はないのか」

 

ーティナとセリスにボッコボコにされましたー

「・・・言うもんか!」

 

 

ケフカはナルシェから逃亡中である。

見計らったように吹雪いてきて、道がよく分からない。

魔力を使い果たしたせいで、筋肉男に殴られた顔は腫れたままだった。

 

「ちっくしょー」

雪の塊を頬に当ててみたが、まったく痛みは消えず、意識だけが遠ざかって行く。

「い、いかん、いかん、ここで寝たら、さすがのケフカ様も死んでしまう・・・」

そう言いながらも、彼の目の前は次第に真っ白になった。

 

 

 

 

「ド派手なカカシが道に落ちてたから拾ったんだ」

「カカシじゃないよ、父さん」

「人間にしちゃ妙に軽かったし、カラスが怖がりそうな顔をしてるから畑にちょうどいいと思ったんだよ」

「一応人間なんだ、彼は」

 

人の話す声と、まきが燃える音に気付いて、ケフカはソファの上でゆっくりと身じろぎをする。

足先も首筋もちくちくした。

 

「ああ、気付いたか、ケフカ」

悪夢のような光景がケフカの目に飛び込んできた。レオが二人。

「レオと老けたレオ・・・」

 

「父だ。ベクタの退役軍人で今はナルシェ外れの別荘で悠々自適の生活中」

「農夫をやっとります」老けたレオが言った。

「趣味でな」レオが言った。

「妻を亡くしてからは自宅を引き払ってここに・・・・」

 

「クリストフ家の歴史など、どうでもいい!」

体が回復したケフカにいつもの調子が戻ってきた。

自分はどうやら行き倒れ、こともあろうにレオの父親に拾われたのだ。

「大体レオがなんでこんな所でくつろいでるんだ。軍務はどうした」ケフカが聞く。

「冬期休暇中だ。3日ほど」

 

南の大陸で盛大に祝われている新年祭の存在など、ケフカは何年も忘れていた。

家族のいないケフカに気を使っているのか、家族がいないから使いやすいのか、新年前後の海外遠征の仕事は必ず彼に回ってくる。

無性にわびしい気持ちになった彼は、さっさと帝国に帰ってガストラに叱られたほうがましだと思った。

 

「そうか、ぼくは水入らずの邪魔者ってわけだ。心配しなくても、もう国に帰るよ」

ちくちくする足元を気にも留めずに立ち上がる。

「待て待て、レオの友達ならゆっくりして行きなさい。

じきにムルムルばあさんとムグムグばあさんがご馳走を届けてくれるし、

バズーカじいさんとマゴのランニングフォックスも遊びに来るから」レオ父が言った。

「ますます帰る」

「その格好でか、ケフカ?」

レオがグロッギをすすりながら、さも楽しそうに言った。

 

絹を引き裂くような奇声が全館に轟き、眠り込んでいた老猫が飛び起きて威嚇の姿勢を取る。

「レオ、貴様よくも・・・!」

だぶだぶの紺色のセーターを、軍支給の茶色ジャージズボンの中に押し込んだのは、おそらく腹を冷やさないようにというレオ父の心遣いであろう。

ケフカは脊髄反射でセーターをズボンの外に出した。

 

「お前の服は洗濯中だよ」レオがにっこり笑って言った。

「赤のものと黄色のものを一緒に洗うとだいだい色になるんだなあ、すまなんだ。

そのうち乾燥が終るからな」レオ父が言う。

遠くで乾燥機が回る音がするが、何色になって出てくるかは誰にも分からなかった。

 

ちくちくする足には、大きすぎる緑色の毛糸の靴下が履かされている。

靴下の中にズボンを押し込んだのも、やはり足を冷やさないようにというレオ父の優しい心遣いからであろう。

今すぐ自分にデジョンをかけたいとケフカは思った。

「ケフカはチェスの名手だそうだ。対戦相手が出来て良かったな、父さん」

 

 

 

 

1時間後。

七色の迷彩柄に変わった自分の服を几帳面に着込んだケフカが、どこか吹っ切れた顔をしてレオ父のチェスの相手をしている。

彼の足の上には太った年寄りの猫がとぐろを巻いて寝ていた。

「チェックだ」

ケフカが最後のコマを動かしながら言う。

 

「あ・・・アレ?強いぞレオ、この子は強いぞ・・・!」

レオ父が恐れをなす姿がケフカには心地よかった。

「11手前にポーンを右に動かしたのが失策だ」

「そんな昔のことは忘れたわい」

家を揺らすほどの吹雪となったので、さすがのケフカも今夜帰ることは諦めていた。

居間からはガヤガヤと料理を準備する人達の声が聞こえ、ランニングフォックスが走り回る音もした。

 

「ツリーの電飾が点かないよ、レオおじさん!」

「どれ?・・・おかしいなあ・・・」

「壊れたのかなあ」

「楽しみにしてたのにな・・・」

ケフカは、金ぴかのオーナメントが山のようにぶら下がった木を横目で見た。

木の前で子供を慰めているレオが父親のようだ。

 

「アレは?」

「近所の子だよ」レオ父は、再戦を承諾したケフカの気が変わらない内にコマを並べなおすことに集中しながら言った。

「そうじゃなくて、あの木」

「へ?」コマを持つ手が止まる。「ああ、そうか、あんたは南の人間じゃないんだな。この辺はベクタの退役軍人が集まる所だから、つい忘れとったよ。

新年が来ると南の大陸では木を飾るんだよ。ピカピカと電気をつけてな」

「へえ・・・」

 

ケフカは自分も南の大陸の人間であるということを言えなかった。

家族のいる普通の人なら当然知っていることを彼は何も知らない。

家族の記憶を思い出そうとしたが、無駄な努力だった。

「おや、あんた泣いてるのか?」

レオ父に言われてはじめて、ケフカは自分が泣いていることに気付いた。

 

「・・・泣いてなんかない」

やっぱりこんな所に来るんじゃなかったとケフカは思う。

暖かい家族の団欒など見せつけられても、孤独感が増すばかりだ。

七色の袖でごしごしと目をこすって体裁をつくろっていると、レオ父のごつごつした手が顔をつかんだ。

「ぎゃあっ、離せっ!」

 

老人に豪快にキスをされて、ケフカは全身が粟立つのを感じた。

「さあ、みんな音楽とキスを!新年だぞ!」

そんな習慣も、もちろん知らない。

容赦ない老人たちのキス、ランニングフォックスからのキスに続き、グロッギ片手のレオがぷらぷら近づいてきたので殺気を飛ばす。

「妙な真似をしたら首が飛ぶぞ将軍」

ケフカの真剣なまなざしを感じ取ったレオは、キスを諦めて去っていった。

 

ドアは開けておこう 家をなくしたゴブリンがごちそう食べに来るよ

今日だけは皆いっしょにヒーヒーヒー

最悪なキャロルが聴こえる。

 

「最悪だ、何が家族だ汚らわしいっ!口が腐るっ!」

「ケフカおじさんが怒ったー」

「だれがおじさんだこのクソガキ!」

ケフカは、感傷的になってしまった自分を鞭打つようにいつもの調子で毒づき、余す所なく周囲のひんしゅくを買った。

「ぼくはもう寝るっお前らなんかに付き合ってるほどヒマじゃないんだ!」

「気にしないでくれ、彼は生理前なんだ」レオらしくない冗談で返される。

「カーッ」

 

 

 

しかし、ケフカは客間にようやく逃げ込めたことを感謝していた。

周りに人が多いほど孤独が深まる。

あらかじめ彼のために準備されていたらしいベッドの上で壁に耳をつけると、

隣の居間からは下品なキャロル、聖歌、民謡の類がずっと聴こえていた。

 

「どれも聴いたことがない歌だ」

ケフカは夜が更けるまで聞き耳を立てて曲や家族を思い出そうとしていたが、やがて諦めた。

「どれも聴いたことがない・・・」

自分には手に入れることが出来ない世界だ。

 

 

 

深夜、静かになった居間には、毛布に包まる男たちがいた。

安楽いすにはレオ父が腰掛けたまま眠っており、ソファにはレオとバズーカじいさん、

ツリーの前にはランニングフォックスが丸まって寝ている。

ケフカは身支度を整えて、月明かりを頼りに居間を通りすぎようとした。

運よく吹雪は去り、今ならなんとか歩いて帰れそうだ。

 

「こんなところで寝るのも習慣か?」

客間は一つしかなかったのかもしれない。レオの足はソファからはみ出ている。

ケフカがそろそろとソファに近づいてレオに口づけると、彼のくちびるはシナモンの味がした。

 

クランベリージュース、シナモン、さとう、レモンピール・・・」口をついて歌が出てくる。

・・・そうだそうだ、思い出した」

ケフカはとたんに上機嫌になってツリーにもキスをした。

ワインにアーモンド、干しぶどう、クローブ

・・・・でも、これはなんの歌だろう?

 

分からないままに、少年時代の歌を歌いながらケフカが歩き去っていく。

新雪に埋もれた家の中は暗くて、ただツリーの電飾だけがピカピカと光っていた。

クランベリー、シナモン、さとう・・・

彼は数年来感じたことがないほど幸福だった。

 

(2008.9.17)



・・・右に動くポーンはケフカの優しさです。



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