「“セシル”はもうここには来ないよ、カイン」
「あとひと月待つ」
「・・・来ないよ」
俺は試練の山の頂にいて、かたわらの男のうなだれた横顔を見ていた。
閉じたまぶたの上から深い緑色のひとみが透けて見える。
だらりと垂れた青白い手も、陽にさらせばおぼろげな幻にしか見えないであろう。
「“セシル”は、より強大な力が欲しかったのさ。だから<暗黒>の力を捨てて<聖>の力に寝返った」
かたわらの男が、剣を杖の代わりにして体を支えながらそう言う。
「“セシル”はそんな奴じゃない」
「ぼくはこのままでは消えてしまう。敵の魂をすすらなければ」
「・・・あとひと月だ」
ひゅうと空の斬れる音がして、俺は脇へ飛び退いた。
ぎりぎりの間合いの先でデスブリンガーが小さくうなっている。
「俺の魂が欲しいのか」
「”セシル“はぼくを捨てた。ぼくは誰にも顧みられず消えていくのは嫌だ!」
黒い鎧の中で男は泣いている。
こいつはセシル。
“セシル”がここに捨てて行った残りの半分。
暗黒騎士は<混沌>に、聖騎士は<法>に属し、どちらの力からも<天秤>の平安は生まれない。
「必ず“セシル”はここに来て、お前を抱いてくれる」
そうだ、あいつほど平安を求めていた奴はいないのだから。
「カイン様、その黒い悪魔から離れてください!」
山の下からバロン王国の師団が現れ、俺はたじろいだ。
この軍に命令を下せる人間は1人しかいない。
「“セシル”がお前を殺しに来た・・・」
これほど苦い思いをしたことはなかった。
聖騎士となった“セシル”はその力を失うことを拒んだのだ。
それは「国」のためだったのかも知れないし「愛」のためだったのかも知れない。
「分かったろ、カイン。“セシル”はもう元に戻れないんだ。」
暗黒騎士の鎧をまとった男が青白い顔を上げて言う。
「もし君がぼくを覚えていてくれるなら、このまま消えてもいい。」
だらりと垂れた腕に握られたデスブリンガーは眠っている。
迫るバロン軍を前に、俺はどちらのセシルにつくかの選択をした。
「殺せ!殺せ!殺せ!セシル!」
必ずお前を元に戻してやる。
血の匂いと、魔剣の歓喜の歌とを道連れにして、俺たちは歩き始めた。
バロンへ。
(2008.8.21)
な、なんか「エルリック・サーガ」+「ゲド戦記」ですが・・・!
こんなんですいません・・・!
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