変なやつが来たなあとは思っていた。

ぼくが魔力で集めたのは、がれきだけのはずだったのに。

お気に入りのがらくたが完璧に配置されたがれきの塔の最上階

ーここがぼくの家ーには今、床に鼻をくっつけて匂いを嗅ぎまわっている少年がなぜかいる。

 

「おい、お前」

返事はない。

少年は夢中で床の匂いを調べながら、時々「ガウッ」とか「フガッ」とか言っている。

ああ、世界が崩壊したショックで精神が壊れた子かな。

 

「哀れですね」

自分に言っているようだ。

こんな子供なら、そばにいても別に苦にはならない。

 

「ぼくも壊れモノなんですよ。

女の子に刺されましてね。見ます?右胸がさっくり・・・ほら。」

服を脱いで傷口がよく見えるようにはだけさせた。

治す気もなく放置したそれはまだ完全に塞がっておらず、

黒い血がぶざまに固まって乾いているだけだった。

 

少年は床を嗅ぎまわるのをやめて、ぼくの胸を見上げる。

その目は驚くほど澄んでいて、野生動物のように鋭い。

 

「フンフン・・・」

少年が近づいてきてぼくの傷口の匂いを嗅ぎ、ぺろりと舐めた。

 

「治そうとしてくれているんですか、君は優しいですね」

本当はセリスが残した傷はもっと大きいのだけど。

ぼくは、少年の頭をなでようとした。

 

「ガブーッ」噛んだ。

「イデーッ」思わず年相応のオッサンの声が出てしまう。

せっかく塞がりかけていた傷口を噛まれて、とろとろと鮮血があふれ出した。

 

「ぼくなんか食べても美味しくないです、

もうぴちぴちしてないし、肉もあんまり食べる所ないよ!」

「がうーっ」

 

ようやく少年が腹を空かせていることに気付いたぼくは、

あちこち探し回って干し肉を見つけてきた。

 

「ほら、これ食べて機嫌直して早く帰れ、しっしっ」

干し肉を遠い所に放り投げると、少年は猛スピードでそれを追いかけて行き、

部屋の隅っこでフガフガ言いながら食べ始める。

 

「おお、痛い」

ケアルをかけようかどうしようか。

刺し傷の上に歯型までついて、みっともないことこの上ない。

 

こんな傷を跡形もなく消してしまうくらい、ぼくには簡単なこと。

でも、もう少し彼女を感じていたかった。

 

「ガウ・・・」

ふと気付くと、目の前に先ほどの少年が座っていた。

すっかり満腹になったらしく、目はとろんとしている。

 

「なんだよ、もうないよ。」

「ガウ・・・お前・・・いいやつ。」

 

変なやつが居ついた。

追い払っても追い払ってもひょっこりやってくる。

 

「仕方ないなあ・・・」

ぼくは食われたくないから干し肉を準備して待っている。

その野生児は1週間もするとすっかりなつき、

気が付くとベッドにもぐりこんで一緒に寝るまでになった。

変な少年は、ごろごろぐるぐると変な寝息を立てながらひっついてくる。

 

やはり何度か傷口を食おうとしてきたが、

そのたびにぼくが叱るとちゃんと言うことを聞くようになった。

 

「この傷は僕の大事な人がつけたものだから、きれいに残しておきたいんだよ。」

ぼくがそう言うと、

少年は不思議そうな顔をして傷口を覗き込み、ひと舐めしてくれるのだ。


(2008.8.4)


戻る