ぼくはフィガロという国が大嫌いだ。
太陽の強い光をさえぎるものが何もなく、弱い肌を焼いていく。
皇帝の命令で幾度となく訪れており、そのたびに賓客として最高の扱いを受けてきたが
ベクタの薄暗い空こそがぼくにふさわしいと思う。
「何か必要なものがあれば届けさせるが、魔導士どの。」エドガーが言う。
「ない。」
早くひとりになりたい。
フィガロの若い国王も気に入らない。
にやにやしていて、自信たっぷりで・・・
ロクな奴でないのは見たらわかる。
「顔色が悪いようだ・・・ファンデーションのせいかな」
今は会談を終え城の客室に通されたばかりで、必要もないのに国王がノコノコ付いてきていた。
こいつにも部下どもにも弱みを見せたくない。
今夜はこの城に泊まることになっていて、食事までまだ時間があった。
今すぐ目の前のベッドに倒れこみたい。
「若い女性の客人などは、よく砂漠症にかかるが・・・
おっと失礼、あなたは立派な成人男性でしたな。」
死ね。
フィガロなど滅んでしまえ。
「気遣い無用だ。」
奴の鼻先でドアを閉める。
ひとりになったとたんに、激しい吐き気がこみ上げてきた。
毎度訪れる砂漠症だった。
「あと数時間で治さないと・・・」
これは、いつもより酷い。
手持ちの薬を噛み砕き、簡単な魔法を自分にかけた。
フィガロ砂漠には、細かい砂粒に混ざって小さな寄生虫が生息している。
それらが皮膚に取り付いたり肺に入ったりすると、弱い者はアレルギー反応を起こすのだ。
頭痛、発熱、全身の発赤、吐き気・・・
知られている症状を全部発症していた。
ついでに気分の落ち込みも加えておこう。
自分にかけたでたらめな呪文が少しは効いたらしく、ぼくは浅い眠りに入っていった。
まったくこの国は、ベッドまでじゃりじゃりしてる・・・
思えばぼくは、子供のころからよく熱を出した。
母様が白い手でよく熱を測ってくれたものだ。
額や頬に氷の塊をあててくれたりもした。
うん、ちょうど今のこんな感じ。
ぼくの頬にはひんやりしたものが当てられている。
「母様・・・?」
「魔導士どのの母君に間違えられるとは光栄だなあ」
「な・・・!」
飛び起きようとしたが、体が言うことをきかない。
目の前には若いエドガー国王がワインボトルとグラスを2つ持って立っていた。
「失礼ではないかエドガー、客の寝室に無断で入るなど・・・」
「フィガロ国王には夜這い権が認められている。」
・・・頭が痛くてたまらない。
「見たところ魔導士どのには薬が要るようだが」
グラスにワインを注ぎながら国王がささやく。
「フン、私の弱みを掴んでゆする気か」
「とんでもない」
・・・くそ、部屋中に結界の魔法をかけておくべきだった。
ただのバカだと思って油断した。
これで帝国の不利になるような要求をされたら・・・
「さあ、この薬を飲むんだ。ワインで飲み下すとよく効くぞ。」
若い国王が、ぼくの頭を抱き上げて唇に錠剤を押し込む。
自国の国民病の治療薬だけあって効き目はたしかで、
霧が晴れたように痛みが去り、頭がすっきりしてきた。
「・・・目当ては何だエドガー、上納金の減額なら認めんぞ」
「疑い深いなあ。俺は君のことを綺麗な客として扱っているだけだよ、魔導士どの。」
意外にもエドガーはそう言っただけでグラスを2,3杯空け
「今夜の会食は中止だ、あと2,3泊していけばいい。」と勧めながら席を立った。
「待てエドガー、俺はお前に借りを作りたくない。
後で薬代を送るから請求書を書いとけ!」
ぼくはベッドから起き上がって当然の抗議をしただけだ。
エドガーがあんなに邪悪な目をするとは思わなかった。
「そんなに礼がしたいなら、今貰おう・・・ケフカ。」
ふいうちだった。
国王に肩をつかまれ唇を奪われる。
「んん・・・っ」
ぼくとしたことが。
そんなに長いキスでもなかったのに。
振り払おうとした手がしびれて動かなかったのは熱のせいだ。
体が蕩けそうになって舌が入ってくるのを許したのも熱のせいだ。
「確かにいただいたぞ、魔導士どの」
ぼくはベッドの中に崩れて肩で息をしながら、去っていく国王の背中を見ていた。
これはフィガロ砂漠が見せた、ただの夢だ。
もっとして欲しいと思ったのだって、熱のせいに違いない。
(2008.8.3)
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