<セリス>
魔導注入実験は過酷だったという他ない。
魔導の力とともに、幻獣の記憶も注入された。
シド博士も知らないことだけど。
「汚れた人間の血を分けた赤子は、同胞ではない」
大人たちがわめく。
『ティナ』は、生まれたばかりなのに十分恐怖を感じている。
『ティナ』は、仲間のはずの幻獣たちに捕らわれていた。
「人間が我々にしてきたことを見ろ」
『ティナ』は、目もよく見えず口も利けないが、その部屋のすみに何かが居ることに気付いた。
ぶつぶつとつぶやき続けるそれは、精神が壊れた女の幻獣だった。
「・・・もう一度人肉を食ってみたいな・・・千年ぶりだ・・・魔大戦ぶりだぞ・・・」
『ティナ』は十分恐怖を感じている。
「私の中に違う子がいるの。」
幼い私が秘密を打ち明けた相手は、シド博士ではなかった。
「何人いるんだい?」
「ひとりよ?ケフカはひとりじゃないの?」
「ぼくのころは幻獣を選べなかったからね」
「ふうん」
ケフカがひょうひょうと答えた内容の恐ろしさに、その頃の私は全然気付いてなかった。
私はただ、同じ体験をしている人がいることを知って嬉しかった。
<ケフカ>
小さいころのセリスはよくベソをかいた。
注入される魔導の力が強いほど、注入される幻獣の記憶も多い。
セリスの脳内に入ったのは赤ん坊の幻獣の記憶に過ぎないのだから、後遺症はぼくよりずっと軽いはずだった。
それでもぼくは彼女が可哀想で、守ってあげたいと思った。
「ぎゃあああ・・・」
今叫んだのは誰?ぼく?
人間に売られた幻獣の娘か?
魔大戦で殺しすぎた幻獣の戦士か?
赤ん坊を盗まれた幻獣の父親か?
朝起きるたびに吐くようになって、しばらくすると夜中にも吐くようになった。
数千年の寿命を持つ幻獣たちの記憶がぼくをむしばむ。
正気でない幻獣も何体かいた。
大人の幻獣を使う危険性は、僕が十分立証したようだ。
半日の入院が2日になり、1週間になったころ。
「どうしてケフカは、いて欲しい時にいないの!
セリスまた怖い夢を見たのよ、パパとママとはぐれちゃうの!」
ぼくはイライラしやすくなっていた。
「うるさい、黙ってろバカ娘!」
それきり何年もセリスはぼくの前から姿を消した。
<セリス>
私がケフカの身に起きたことを十分理解できる年になったころには、彼はおかしくなっていた。
「おや、珍しいですねえ、何の差し入れですかセリスさん」
「水」
私は、水がめ一杯分の氷水を抱えている。
ケフカはフィガロから帰ってくると、いつも具合が悪そうにしていた。
「靴脱いで、ケフカ」
「やなこった」
彼の一番悪い所は、他人に弱さを見せられない所だと思う。
私も不器用なので、一発張り倒してでも言うことを聞かせようとする。
ケフカは魔法で応戦して、私は魔封剣。
要するに私たちは会うたびに大ゲンカになるのだ。
半時間後、ケフカはこれ以上ないほど不機嫌な顔をして
たらいの中に両足を突っ込んでいた。
足は真っ赤で、腫れている。
「で、君は何がしたかったのかねセリス君。もう満足だろう、帰りたまえ。」
横を向いたままケフカが言う。
こんなに怒らせるつもりはなかったのに。
「砂漠症にかかるからフィガロには行きたくないって、素直に皇帝に言えばいいのよ」
私もいらいらして言う。
砂漠症は女の子がよくかかる病気だ。
ケフカは他にも貧血と低血圧を隠匿している。
「部下どもが靴の砂をきちんと払わなかったから、こうなったにすぎん」
「意地っ張り」
「ブス」
「チービ」
禁断ワードを口にしたらしい私は、それから一ヶ月間口も利いてもらえなかった。
残酷なのはケフカ。
一ヵ月後、私は両手一杯に焼き菓子を持ってケフカの部屋の前に立っていた。
「おや、また来たのか、今度は何の用だい」
最後に折れるのはいつだって私です、分かってます。
<ケフカ>
ぼくの出身はちょっとした町のちょっとした旧家で、父親は帝国にへつらって生きていた。
それは、最後に帝国が町を侵略するまで続いた。
「女性は家庭にいるべきですよ。」
カウンセラーがお手上げになるまでだったか、自分が必要なしと感じるまでだったか、ぼくはかつてバカバカしいカウンセリングを受けていた。
「軍人とか、まして将軍なんてありえませんよ。」
「はあ、まあねえ・・・」
「ぼくは十分稼いでいると思うし」
「あんた誰と結婚したがってんですかパラッツォさん」
「・・・・プ、プライバシーじゃ!」
ぼくには、確固たる理想の家庭像があった。
家を愛する夫と、夫を愛し尊敬する妻がいるのが基本で、
自分の母親のように、夫に愛想をつかして帝国兵と駆け落ちするような妻など言語道断である。
もっとも、父のふぬけさを思うと、母の行動も非難できないが。
男と生まれた以上、ぼくはパラッツォ家を再興したかった。
幸い生まれつき頭がよく学問に秀で、一流と言われる仕事にも就けた。
だが、魔導研究所で普通に働いていては何年経っても帝国から独立した
強い「家」を作る力を得ることは不可能に思われて・・・・
そうだ。
だからぼくは、あの恐ろしい実験を受ける気になったのだ。
「ティナは可愛いねえ。ぼくの靴を無理に脱がそうとしないし。」
「アー・・・」
「世話焼き娘は嫌いですよ。自分の始末くらい自分で出来ます。」
「ウー・・・」
可愛い人形を手に入れた。
自分の理想の家庭に一歩ずつ近づいている気がする。
「でも、大人しすぎますよティナ。思っていることを何でもしゃべってごらんなさい。
許可しますから。」
「・・・この、オカマのクズ」
「やっぱり黙ってろ」
ぼくは、さんざん否定してきた父親にそっくりだ。
思い通りにならない女を愛するとこまで似ている。
父は帝国に財産を差し出し、ぼくは体を差し出した。
逃げられる妻がいないだけの違いだ。
もう、幻獣の記憶と戦う理由も特になかった。
心をすっかり明け渡して記憶を失い、狂い果ててしまっても別にいいんだが。
いや、むしろ楽なんだが。
「またティナで遊んでるの、サイテー」
「また来たのかセリス、今度は何の用だい」
「ティナの服持ってきた。私の小さいころのだけど・・・」
ぼくの部屋の入り口に立つセリスの腕には、茶色とねずみ色の服が大事そうに抱えられている。
「そんなダサダサな自分のお古をこの子に着させる気ですか、どんな了見で。」
「アンタが選ぶ服は全部パンツが見えそうなのよ、この変態。」
「ぼくの趣味です。」
「ティナの趣味じゃないわ」
「だから、ぼくの趣味だってば。悔しかったら自分もミニスカートをはいてごらん」
うん、是非見てみたい。
「誰がそんなわかめみたいな服着るか、このセクハラ親父!」
「フン、妬くな妬くな」
つまらん。
なんで大した用もないのにぼくの部屋に来るんだセリス。
お前が妙な希望を持たせるから、ぼくはずっと苦しむことになるんだ。
残酷なのはセリス。
(2008.8.1)
ご注意・砂漠症なんてものはないです。
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