Cローザの一方的な好意

 

 

石壁に響く甲高い乙女の声と、それに従う銀髪の少年。

少年の首は鎖でつながれている。

 

「お手!おすわり!」

 

「がう!」

 

「きゃ、可愛い!」

 

 

ローザが俺の屋敷に入り浸るようになった。

「飼いならされた野生動物」が面白くて仕方ないらしい。

 

セシルもまた、珍しい食べ物を毎回持ってきてくれるローザが大好きだ。

 

今日はチョコやクリームでこてこてに飾られたシュー。

セシルは、芸を見せるとご褒美がもらえることを覚えてしまった。

鼻の頭にクリームをつけながらパリパリ音を立てて夢中で食うセシルと、その様子を愛しげに見つめるローザ。

 

「おい、いい加減にしろよローザ。セシルの歯が悪くなる」

 

「いいじゃない、これくらい。こんな面白いものを独り占めする気なの、カイン」

 

 

 

もの・・・か。

今に始まったことではないがローザは利己的な娘だ。相手の気持ちは考えない。

 

 

 

たしかに彼はこぎれいにすると見栄えが良かった。

その辺の役者よりキレイな顔をした少年が、シュークリームひとつで自分の思い通りになるのは楽しいに違いない。

 

 

 

 

「カイン、ちょっとこの子貸してくれない?私の家で飼いたいわ。セシルだってこんな寂しい所イヤでしょう?私の家はメイドもいっぱいいるし、おもちゃも沢山、お菓子も沢山よ?」

セシルが「お菓子」という言葉にピクリと反応した。

 

彼は少しずつ言葉を覚え始めている。

 

「だめだ。セシルはまだ訓練の途中なんだ。2本足で歩くことも話をすることも教えないといけない」

 

「そんなの必要ないわ。こんなに可愛いんだもの」

 

頭をなでられても嫌がらないセシル。

見返りがあることを知っているからだ。

俺が頭を触ると噛むくせに。

 

 

 

「考えといてよ、カイン。うちにはもうセシルの小屋もあるの」

ローザは、いつも名残惜しそうにそう言ってから帰る。

 

 

 

セシルは、あかね色になった空をボンヤリ見上げたまま動かずにいた。

 

何を考えているかは大体分かる。

ローザが帰った後の訓練では、反抗的になるからだ。

 

 

 

「ほら、靴を履くぞセシル」

「がううー」

「がううじゃない。ちゃんと喋れるだろ、お前。」

 

威嚇するセシルなど初めの頃から怖くない。

ただ、セシルが俺を拒否し、俺のやり方を嫌うことに傷ついていた。

 

「お前を人間にしてやろうと頑張っているのに。ローザなんかより俺の方がずっとお前を思っているのに・・・」

 

セシルの足をねじ込んだ靴のひもをぎゅっと縛る。

初めてこれをした時、彼は泣いて嫌がった。

 

屋敷の中だろうと、素足で歩き回るのは見ていられない。

 

 

 

「立て、セシル」

二本足で何とか立てるようになったのは、ここに来て2ヵ月後だった。

あのとき俺は褒めちぎってやったし、セシルだって嬉しそうにしてたというのに。

 

「ぶう」

拒否のブーイングは一番初めに覚えた言葉。

 

今ではセシルは靴を履いた両足を床にどっかりと投げ出し、金色の懐中時計を手でいじっている。

セシルが唯一興味を示した人間の持ち物だ。

 

ガラス玉の装飾がついた安物の金メッキなので与えておいたが、価値など分からないだろう。

鳥類はピカピカしたものが好きだ。

 

俺は、イライラしながらいつも通り訓練を始めた。

この子の親を殺したのだ、俺は、と自分に言い聞かせながら。

 

「俺の名前を呼んでみろ」

 

「・・・イヤ」

二番目に覚えた言葉。

 

「・・・ローザ」

「ローザはもう帰った」

 

「・・・ごはん」

「さっき食べただろ」

 

ここでセシルは足をバタバタさせてダダをこねはじめる。

「ごーはーんー!」

 

なんでいつまで経ってもカタコトしかしゃべれないんだろう。

ここに来てもう半年。

これがセシルの限界なんだろうか。

 

「ち・・・今日の夕飯はサラダだけだぞ」

 

食事が終われば大暴れが始まる。

高い所から飛び降りるのが何より楽しいらしい。

大暴れする時の彼のマットな目は、とても怖い。

 

よって、俺は夕食後の有意義な時間を雑音とともに過ごすことになっている。

「明日提出の書類を片付けないと・・・」

「きゃー」ドスーン。

 

「読みにくい字だなあ・・・」

「きゃー」ドスーン。

 

「なんかイライラする・・・」

「きゃー」ドスーン。

 

「セシル、いい加減に・・・!」

 

暴れるセシルを止めに一階まで降りると、玄関先にファレル家の執事が立っていた。

「玄関が開いていたので失礼。お嬢様が忘れ物をしたそうで・・・」

 

気にも留めていなかった白い日傘を示しながら言う。

「ついでにその子も連れて帰りましょうか?」

 

それが目的で来たんだろ、どうせ。

でも今日の俺には、その有難い申し入れを断る理由などない気がしてきた。

 

「ああ・・・明日まで預かってくれ」

そうだ、つかの間でも安息が欲しい。

それだけのこと。

 

 

「お菓子ですよ、セシル様」

殺し文句の前には従順な野生児を連れて、執事が去っていく。

 

なんだ、あっけない。

ああそうだよ、お前はそういうやつだ。

 

さて、久しぶりに静寂に満たされた自分の家で、俺は黙々と仕事をこなしていった。

やはり、人間の居住区はこうでなければならない。

家具や食器が飛び交っていた昨日までの自分の屋敷を思い出すと、安息日のなんと有難いことか。

 

 

一度なんかアイツ、俺の布団を引き裂いて部屋中羽毛まみれにしやがった。

羽にくるまってぬくぬくと寝ていたな。

あれ、高いんだぞ。

 

 

それから、俺の鎧にクレヨンで落書きした。

 



それから、父の葉巻を食った。


あの時は死んだと思った。みるみるうちに顔が紫色になっていって、吐き出させるのが大変で・・・。

 



ああ、そういえば、同じベッドで寝てやると遠吠えをしなくなることをローザは知っているだろうか?

 


今頃セシルは1人寝の寂しさに鳴いているに違いない。


うっすらとファレル家から甲高い叫び声が聞こえた気がする。

 

 

 


そう思うと、仕事など手につかなくなった。


ガタンと椅子から立って部屋の中をウロウロ歩く。


明日の朝一番に彼を取り返しに行こう。

 



落ち着こうと紅茶を淹れたが、静か過ぎる我が家に居ると妙にそわそわして喉を通らない。

 

「ちくしょう。あんな野生児になぜこの俺が振り回されないといけないんだ!」

 

 

いつの間にかセシルは俺の生活の中心になっていた。

 

1人寝に耐えられないのは俺の方ではないのか。


そんな考えを振り払うように槍でベッドを引き裂いた。

 

部屋中に飛び散る羽毛。

 

羽の中で眠りたがるセシルの気持ちが分かってきた。


ここは、温かくて守られている。


なんでこんな温かなものを布の中に押し込めていたんだろう。


あの時は怒って悪かったな。

 



「セシルにあいたい・・・」

 

羽毛の中に顔を突っ伏してつぶやく自分が滑稽で泣けてきた。


このまま眠ってしまおう。朝までの時間は長すぎる。

 

 

崩れたベッドの上で、うつらうつらと時間を潰しているとセシルの幻影が見えた。


俺に何かを必死で話しているが、聞きとれない。


なんでもいいからもっと話してくれ・・・

 



ドンドンと扉を叩く音が現実に引き戻した。


時計を見ると夜中の1時だ。

 


「誰だ、こんな時間に・・・?」


のろのろと起き上がって玄関を開けると、そこにはファレル家の執事がいた。


かたわらにはむっすりとした顔のセシルがいる。

 



「こんな夜中に申し訳ございませんが、お返しに来ました」

 

「・・・・なにかあったのか?」

 

「ローザお嬢様がお尻をかじられました」

 



・・・・え?




もう2度とこの野獣をファレル家に近づかせないようにと言い残し、執事は帰って行った。

 



セシルは不快そうな顔のままじっと玄関先に立っていたが、俺が「何かあったのか」と聞くと、泣きながらしがみついて来た。

 

「うえ・・・・っ・・・えっ・・・・ローザ・・・・イヤ・・・・・」

 

「ローザが何かしたんだな?」

 

「時計・・・」

 

セシルが握り締めている金色の時計を見ると、鎖が切れていた。


大体事情が分かる。

 

「取られたんだな、それを。ニセモノだって言われたんだろ」

 

うんうんとセシルがうなづく。

 

もっといい時計をあげるわよ、それをよこしなさい、セシル。


こんなニセモノ、捨てちゃいましょうね。

 


全部ローザが言いそうなことだった。


あいつなら本物の金時計をいくらでもくれるだろうに。

 

「これ・・・カイン・・・・と、おなじ」


「え?」

 


「きんいろ・・・と、あお」


「セシル?」

 


しゃべって・・・る・・・?等位接続詞を使って・・・?

 



ニセモノの金時計にはサファイアを模した青いガラス球がいくつも埋め込まれていた。


「これを俺だと・・・?」

 



セシルがうんうんとうなづく。


鼻の頭を真っ赤にして、涙で顔をぐちゃぐちゃにして。

 



「ローザより・・・カインがいい」


それは比較級だ、セシル。

 



ぎゅうっと抱きしめられて胸が熱くなった。

 

俺の想いは伝わっていたんだ。

 

「今日は一緒に寝ような?」

ずっとこうしていたい。

 

9月日、セシルが文法を覚えた。

 
 
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