セシルが試練の山の頂上に辿り着くと、そこには近代的なビルヂングが建っていました。
建物の両端からは色とりどりの煙が立ち上り、辺りには硫黄の匂いが漂っています。
「試練の山アイスクリンは1本30ギルだがどうだね」
セシルは、試練温泉ビルヂングの入り口でアイスクリンを売っているアロハシャツのおやじに呼び止められ、思わずパロムとポロムの分まで購入してしまいます。
「ぼく、クラスチェンジしに来たんですが。」
アイスクリンを舐めながら尋ねると、アロハシャツのおやじは顔をしかめました。
「踊り子、風水士、雀士、ギャンブラー、バーサーカー、忍者希望の方は1Fなごみの湯をご利用下さい。
学者、狩人、浪人、売れない芸人、サムライ、スーパーモンク希望の方は2Fほほえみの湯をご利用下さい。
聖棋士、性騎士、星☆騎士、パラディン、パンチェッタ、パンツドロボー希望の方は3Fもろみの湯をご利用下さい。ただし・・・」
「それだ!!」
セシルは、深く考えずに3Fもろみの湯に向かいました。
3Fフロアには、似通った湯船が6つあります。
「あんちゃん気をつけな。6つのうち5つは外れってことだぜ」
セシルはそんな細かいことは気にしません。
まっすぐ進んでいき、鎧のまま左端の湯に浸かりました。
ゆったりと温泉を楽しむセシルを見ながら、双子は言います。
「何か確信があったんですのセシルさん?何の説明書きもないのに・・・」
「な、なんだ、それがパラディンの湯って知ってたのかよ」
「え?ぼく、左端から全部の湯船に入ろうと思っただけだよ。早く皆もおいでよう〜」
温泉大好きなセシルは、満面の笑みでこたえました。
真っ青なのは双子だけです。
「ばかっ、1度に2つ以上の湯に入ったら豚あるいはモンスターになりますってさっきアイスクリンのおやじに言われたろ!」
「ええっ、アイスクリンに夢中で全然聞いてなかっ・・・」
そう言うや否や、セシルの体を長年守ってきた暗黒の鎧がドロドロと湯に溶けはじめました。
「あれっ、これ・・・なに・・・いやーっ」
裸になった皮膚の上に、七色のスパンコールがみっしりあしらわれたTバックと、ほとんどスパンコールのブラジャーが吸い付くように装着されます。
足元には宝石で作られたような細いピンヒール、全身には薄い絹の衣がまとわりついて来ましたが、残念ながらスケスケです。
手元に握られているゴテゴテの装飾が施された短剣は、攻撃のためというより剣の舞に使うもので、切れ味は抜群に悪そうでした。
セシルの脳内にふと、異国のベリーダンサーの姿が浮かびました。(ベリーダンサーはここまで露出していません)
「どう見ても立派な性騎士だぜあんちゃん、ビンゴだな。」
「ぼく、この姿で最後まで戦うの!?」
魔法の力で装着されたTバックは、お尻にぴったりフィットしています。
「お客さん、これからの人生どうせ見せっぱなしなんだから、エステをどうだい」
アイスクリン売りのおやじがどこからともなくやってきて言いました。
どうやら彼はこのスーパー温泉の経営者であるようです。
「尻エステ7日間集中コースと、性転換コースがあるが・・・」
「性転換はいやですううう」
一方その頃ゾットの塔。
セシルが尻エステのために試練の山にこもりきりになっていることなど知らないゴルベーザは、じりじりと焦れていました。
「遅いっ、試練の山に行くぞカイン!」
「ははっ」
放置プレイに辛い思い出のあるゴルベーザ(『セシルとオシル』参照)には、もう待てません。
ゴルベーザとカインが試練の山に乗り込んだ時、ちょうどセシルは尻パックの最中でした。
「アーーーッ」
「わーー―っ」
「ウエーーーっ!?」
3人が同時に叫びます。
「来たなゴルベーザ、勝負だ、股間を見るな!」
「なんなんだそのスパンコールは!」
と、誰よりも取り乱しているのは親友のカインでした。
カインは、打ちのめされたような顔をして、エステ室から逃げ出しました。
「これは夢だ!これは夢だ!俺はただ楽しい夢を見ているだけだ!」
セシルの尻が公共の財産になるなど夢にも思っていなかったカインは、両目を力いっぱい閉じたまま闇雲に走ります。
彼がこけた先には湯船が待っていました。
「カインダメ!その湯はなんだかドス黒いよ、早く出て!」
親友を助けたい一心のセシルが邪魔なゴルベーザを突き飛ばし、近くの湯船に沈めました。
「うわあ、待て小僧!俺様は泳げんのだ!」
5分後。
カインはトレンチコート1枚を羽織った姿のまま、どこまでもセシルを追いかけていました。
彼はパンツドロボーに転職してしまったのです。
そして図らずもパラディンの湯を当ててしまったゴルベーザは、白い鎧に身を包み、正義の味方に生まれ変わりました。
「待ってくれ、四天王と相談させてくれ!」
そんなゴルベーザの苦しい訴えも
「いいからパンツ脱げ、セシル!」
「やだよ、これはぼくの最後の砦なんだ!一体どうしちゃったんだよ、カイン」
「うるさい、俺は解き放たれたんだ!」
という、親友同士が言い争う声に打ち消されたのでした。
アイスクリン売りのおやじが、あくびをしながら眺めます。
「あのスパンコールの騎士は・・・」
2歳の時に捨てた息子に良く似ているとおやじは思いました。
しかし今さら性騎士の父になる気はありません。
自分は自由を選んだ人間なのです。
「湯上りのアイスクリンは一本30ギル」
おやじは、硫黄にまけたふりをして、滲んだ涙を振り払いました。
(2008.7.28)
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