カインには、プイとどこかに消える習性がある。

帰ってくると「自分探しの旅に出てた」とか、「なんとなく」とか、「洗脳されてた」とか、てきとうな言い訳がついてくる。

よくそれで竜騎士団をまとめてこれたものだと思う。

 

「隊長は必要な時がくると現れます」

それは半分ウソだ。本当は、必要な時がくると世話女房状態の飛竜が主を呼びに行くだけのこと。

飛竜は本来、人間の思惑とは別の所で生きる気高い生き物だというのに、気の毒なことこの上ない。

 

カインが消えると、ぼくは食事ものどを通らなくなる。

いつだったか、ミストの大地震の後でカインが行方不明になった時は、幼女をほったらかしにして体育座りで待ち続けたこともあった。

こうしてはいられないと思い立ったのは、4日後だった。

幼女は半分死んでいた。

 

「セシル、私との取り決めを覚えてる?」

「もちろんですよ、女王様」

 

ぼくの愛が得られないと知ったローザは、猛女と化した。

彼女の計画によると、まずバロン国王に選ばれたぼくと書類上の結婚をして、王妃になる。

カインのもとに去ったぼくを病死したことにして、自分はバロン女王に即位。

この、愛がダメならせめて国が欲しいというローザの申し出は、ぼくにとってこの上なくありがたいものだった。

これで、気兼ねなくカインと暮らせる。

当のカインが失踪するなど、思いも寄らない事態であった。

 

「飛竜は探し疲れて寝てます」

竜番が言う。

竜騎士以外で竜舎に近づくことが出来る者は滅多にいない。

ぼくは、飛竜のグチを聞くことが出来る、数少ない部外者だった。

 

「ええ、どこもかしこも探しましたさ。裏山から試練の山まで、山という山全部ね。

あの人、山好きやからね。」

「ごめんね、ごめんね。」

「海も川も、・・・・のクラブで豪遊している線も消えた。

もう、わたい疲れましてん。ゆうても歳ですさかい。」

「寝ててください、すいません」

 

飛竜にも見つけられない場所って、どこなんだろう。

ぼくは、いつものようにパニックを起こした。

 

「カインーカインー出てきておくれようー」

「陛下、トイレにはいません」

ベッドの中も、タンスの中も、トイレの中も探した。

ひょっとしたら流してしまったかもしれないと思って、地下水路も探した。

 

「しっかりしなよ、この腰抜け」

ローザに殴られたくらいで元気になるなら、ほもはやってない。

もしかしたら、彼女との結婚がいけなかったのだろうか。

 

「だって私、どうせ結婚するならド派手にいきたかったんだもの。」

真珠とサファイアが編みこまれたドレスを身に纏い、

一つのクリスタルから掘り出されたティアラを戴いたローザの花嫁姿は、月の女神よりも美しく、

ぼくたちは美男美女の似合いの夫婦として語り草になったものだ。

夫婦生活などないわけだが、派手すぎた結婚式がカインの怒りに触れたことは十分考えられる。

ああ、すべて合意の上だったはずなのに。

 

「では、そろそろ病死してもらえるかしら、セシル」

ローザは容赦なかった。

ばくは、領土の半分に匹敵する膨大な手切れ金を渡されて、バロンから追放された。

 

「ひとり、か・・・」

自分の死を悼むバロン国民たちの列の間をすり抜けていく。

途中でドスンと誰かに体当たりされて、気付くとさいふが空になっていた。

 

「スられた、か・・・」

思えば、ぼくはカインと何か約束していただろうか。

「一緒に暮らそう」じゃなくて、「暮らしたいね」と言ったような気がする。

カインの返事だって、「ああ、そうだな」じゃなくて、「うーん?」だったような気がする。

 

ぼくはたったひとりで国を追われ、今さっき無一文になったのではないか。

その考えを振り払うように、ボロボロのフードで顔を隠してバロンの町を走り抜けた。

 

「どこに行こう。」

ぼくは失踪上手じゃないので、なかなかいい場所が思いつかなかった。

気がつくと、バロンから遠い海岸を歩いていた。

ぼくは海が好きなので、カインと一緒に住むなら海が見えるところがいいと思っている。

やがて、海岸を見下ろす岡の上に白い家を見つけた。

白い外壁はぼくの好みだが、庭全体が荒地のままなのが残念だった。

ぼくがこの家の主なら、無駄に青々と芝生を育てるのに。

 

ふらふらと家の周りを歩いていたら、ふと、、自分にはもう家がないことに思い至った。

宿屋に泊まるお金もない。

「そうだ、エッジの家に泊めてもらおう!」

旅費がない。

涙が出た。

所詮ぼくは元暗黒騎士。

パラディンに転職したところで、セシル三界に家なしということなのだ。

 

「そうだ、この岡の上から飛び降りよう」

ひとり絶望的な気分で海を見下ろしていると、天からわたぐもが降りてきた。

 

「これが死か・・・」

顔の周りをふわふわと覆う不思議な感触に思わず我に返る。

 

「やっぱり、こっちの方が似合うな、セシルは」

「え?なに?カイン?」

目の前にカインが居た。

槍の訓練をする時に着るような身軽な服を着ている。

 

「近所の子供に槍を教えた帰りだ。

よくここが分かったな、セシル、飛竜が探さない場所を見つけるのに苦労したんだぞ。

それと、それを手に入れるにも・・・」

自分の頭に載せられているのもに触れてみた。

冷たくて小さい冠のようなものでつるつるしており、周りからは雲のように柔らかなベールが垂れ下がっている。

ぼくは、白い家の窓ガラスに映りこんだ自分を見た。

 

「ねえ、これバカじゃない、カイン」

「うむ。セシルにはどちらかと言うと緑の石のほうが似合う気がしてな。」

 

ローザの花嫁衣裳をみていたら、ぜひぼくにも着せてみたくなったのだという。

あまりにも仕立てに時間がかかったので、つい家を建てて仕事をしながら待っていたのだという。

 

「出来上がるまでは黙っとこうと思ったんだが・・・」

いかにもカインらしい行き当たりばったり感。

 

「隊長は、必要な時がくると現れます。」

あれは、竜騎士団の誰が言った言葉だろう。

ぼくは、ピカピカのティアラを被ったまま、ぼんやりと育てる芝生について考えた。



(2008.7.25)


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