ここは、バロン王立兵学校。
入学時11歳、就業期間7年間、学費=税金、全寮制。
「回復魔法の名前は、地域によってケアルやホイミなど様々ですが、詠唱する内容は同じです。」
3年次からは授業が選択式になり、より専門性が高まってくる。
肉体派の生徒は武術演習が多くなり、魔法のクラスに出席する機会は少なくなるのが普通だ。
白魔法学実習基礎Aの講師を勤めている新人教師、ローザ・ファレルは困惑していた。
明らかに魔法の才能がない生徒が2人いるのだ。
「ハイウィンド、ハーヴィ、互いにケアルをかけ合ってみてください」
2人は13歳。カインはもうすぐ14歳になる。
剣術実技1の授業中に斬り合って出来た傷は、大きなものしかふさがっていない。
保健室のドクター・ミンウにやる気がないからだ。
剣術学のシェール教授によると、ハーヴィとハイウィンドの対抗意識は相当のものがあるという。
「パラトラバ」
「ホイホイ」
呪文が間違っている。
発音がおかしい。
ハーヴィの腕の傷が開き、鮮血が滴り落ちた。
「痛いじゃないか、ハイウィンド」
「お前こそ今攻撃しただろ、ハーヴィ」
見ると、ハイウィンドの白いシャツにも血がにじんでいる。
ファレル教授が2人に単位を与える日は来ないだろう。
「ぼくはハイウィンドが嫌いです」
校内カウンセリング室にやってくるのは従順な生徒がほとんどであって、
なだめたりすかしたりしなければならないハーヴィやハイウィンドのような強制的につれてこられる問題児をパラッツォ教授は嫌っていた。
「嫌いな相手と同じ講義を取らなければいいんだよ、ハーヴィ君」
パラッツォ教授がメイクを直しながら言う。
そもそも彼は、校長か理事長の座を狙っていて、今の仕事にはまったく満足していなかった。
「ハイウィンドのほうがぼくと同じ講義を取るんですよ」
「ああそうかい」
新発売のアイライナーを試してみる。
極細のラインも思いのまま。
アイホール全体を塗りたくるパラッツォ教授には無用の繊細さだった。
「じゃあ、好きになることだね」
ハーヴィは怒っていた。
なんであんな奴を好きにならないといけない?
本の朗読で7回は詰まるバカなのに。
ハイウィンドの顔を思い浮かべるたびに腹が立つ。
昨日は夢にまで出てきた。
ムチ特講のリディア教授はうきうきしていた。
就任4年目ではじめて受講生がやってきたからだ。
こんなマニアックな武術を専攻したがる学生はなかなかいない。
前任のキスティス教授は指導意欲を失くして、今では青魔法学総合Bを教えている。
「校長の命令でムチを習いに来た。・・・フッ、興味はないがな。」
可愛らしさのかけらもない学生だが、かまわない。
私の持てるすべての技を伝授してあげよう。
ハイウィンドもまた怒っていた。
なんでこの俺ばっかり校長の呼び出しを食らうんだ。
ハーヴィは「化粧お化けの刑」で済んだと聞いたぞ。
1たす1も出来ないバカ相手にムチで戦えなどと・・・校長は一体何を考えておられるのか。
ハーヴィの顔を思い浮かべるたびに腹が立つ。
昨日は夢にまで出てきた。
ハイウィンドは、怒りに身を任せてムチを振るった。
戦闘実習の監督ベイガン教授が、ハイウィンドとハーヴィの素行について校長に訴えるたのは1度や2度ではなかった。
「なんでムチやねんな校長。
ハーヴィとハイウィンドの二人を戦わせたら絶対怪我して、またドクター・ミンウ起こさなあかんやろ。
・・・タダやないんやで!
まあ、払いは向こうさん持ちやからええねんけど。」
大体、ベイガン教授は校長の人選にも不満を持っていた。
「二人を仲良くさせる方法を思いついたんだクポー」
せめてヒューマンであったら、校長への反抗心もこれほどではなかっただろう。
ドクター・ミンウは保健室のベッドで寝返りをうちながら、窓越しに闘技場を眺めていた。
本来は生徒が使うベッドであるが、今ではドクターの使いやすいように7段リクライニング機能も備え付けられている。
ほとんど彼の私物である。
「またハーヴィとハイウィンドか・・・・」
枕元のせんべいをたぐりよせながら、ドクター・ミンウが思う。
ハイウィンドの装備はムチ・・・まさか、憎きリディア教授の直伝では?
ピシピシと軽い音が響き、懐かしさに思わず身が震えた。
リディアとの対戦以降寝たきりとなった体をけだるげに持ち上げる。
「スーパーキャストオフストライク・・・」
この音は、間違いなく私を再起不能にした技を発動した音だ。
おおリディア・・・この私をとりこにしておきながら飽きたらポイか、憎いやつめ・・・
あの敗戦のあと恋の病に臥せった私を見舞いに来たこともない。
「いやーっ」
闘技場からハーヴィの悲痛な声が聞こえてきた。
説明しよう、スーパーキャストオフストライクは、高速でムチをふるうことによって真空を生じさせ、
あらゆる衣服、装備品の縫い目を断ち切る技である。
ハイウィンドめ、初めてにしてはよくできている。
裸になったハーヴィを見て、技をかけた本人が赤くなるようではまだまだだが。
もっとも、陽に晒されたことのないハーヴィの柔肌は真っ白で(私だって以前はああだった)、その美しさたるや(以前の私のように)天界の住人のようであった。
互いに真っ赤になったハイウィンドとハーヴィは終始無言のままで・・・・
ああ、これからは2人の手当てをする必要もなくなるとドクター・ミンウは安堵し、再び眠りについたのだった。
(2008.7.11)
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