鉄格子の向こう側のガストラ皇帝が、幼な子に言い聞かせるように説明をする。
「今はリターナーの力が要るんだよケフカ。お前にはしばらく牢屋に入っていてもらう。なに、上辺だけの和平だ、用が済んだらすぐに出してやるからな。」
ああそうですか。
そういうことは、出来れば事前に相談等していただきたかったですね。
ケフカは最高に機嫌が悪かった。
思い起こせば昨夜のこと。
私室でお風呂に入ってガウンを着て、寝化粧を始めたときに違法な侵入者が現れた。
完全武装した兵士が6人。
一日で最も幸せな気分でいるところを襲われ、抵抗も出来なかった。
「お前たち、一体何しに来・・・んぐ!」
正確に言うと帝国一有能な特殊部隊による猿ぐつわが功を奏し、魔法を封じられたのである。
ついでにみぞおちの辺りに放たれたボディブローは、全く必要のない追加攻撃だった。
魔法打消しの結界が張られた特別室に入れられたのも、リターナーへの演技以上の悪意を感じる。
ケフカは腹の痛みのために丸一日水しか口にしていなかった。
「誰か服とメイク道具を持ってきてくれよ」
暗闇に向かって呼びかけるが、返事はない。
ガウンの下は下着すら身につけていなかった。実に頼りない装備。
ベッドは妙に湿っていて、カビとキノコに覆われており、石の床は冷たく毒の匂いがする。
ケフカはしばらく悩んで、床の上に寝転がった。
「泣くのは明日にしてやる」
これほど寝心地が悪い思いをするのは初めてだ。
10年以上前には、戦地の宿営地で雑魚寝をすることもあったが、あの時は大勢がいてこんなに寒くはなかったし、隣の若い兵士が軍服のコートと自分の腕を進んで差し出してくれた。
あの若者の名はなんというのか、よく知っているはずなのにケフカは思い出したくなかった。
アルブルグに駐留中のレオ将軍の耳にも、ケフカ逮捕の知らせは届いた。
「リターナー向けのお芝居らしいんですけど、逮捕の瞬間が見たかったですよ。」
部下たちが軽口を叩く。
「自分がその場にいたら、顔か腹かに一発食らわせますね」
レオ将軍はそれを聞いてざまあみろと思う。
ドマに毒を流したケフカを許す気はない。
だが一方で、あれが本来のケフカでないことも分かっていた。
「ベクタ帝国に急用が出来た。明日の早朝までには戻る。」
レオ将軍は、今まで滅多なことでは持ち場を離れたことがなかったので、部下たちは何事が起こったのかと心配になった。
ベクタの地下には、魔術師を収監するための特別牢がある。
兵士たちの間で「ケフカ特別室」と呼ばれている場所だ。
いつかケフカを収容する日を夢見ながら、牢番が毎日せっせとベッドに水をやっているという。
彼が捕まったのなら、確実にそこに入れられているはずだ。
「昨夜のうちに泣き出すのに200ギルかけてたのになあ・・・・」
「俺は母親の名前を呼ぶのに300ギル」
「“ママー”に400ギル」
牢番とヒマな兵士たちがクツクツと笑いながら紙幣を数え合っている。
オッズ表を見るまでもなく、ケフカがひどい状況に置かれているらしいことを知ったレオ将軍は、いつにもなく威圧的に振舞った。
「ケフカと話がしたい」
「今、瀕死ですが・・・」
牢番が言い終わらないうちに牢屋の鍵を取り上げる。
ケフカは特別室の床の上に横たわっていた。
身につけているのは薄い布切れ一枚で、しかも素足のままである。
極悪人が相手でも、人道にもとる行為は許せない。
レオ将軍は、ほとんど片手でケフカを抱き上げて、隣の普通囚房のベッドに移してやった。
彼の肌は青白く、体温を失っている。
「生きているか、ケフカ」
返事はない。
手のひらを冷たい額にあててみた。
自分は体温が高いとよく言われるので、すぐに温まるはずだ。
続いて首筋や胸元に触れていくと、ケフカの血色が良くなった。
というか、真っ赤になった。
「俺はもう行くからな」
レオ将軍もまた、昔の幸せな記憶に浸る気分ではなかった。
どうせ戻れないのなら忘れてしまった方がずっと楽だ。
ケフカがもそもそと目覚めると、足元にはお気に入りのブーツが揃えて置かれており、小さなテーブルの上には服一式とメイク道具が整然と並んでいた。
ここが牢獄であることには違いないが、知らぬ間に待遇が良くなったらしい。
「フン、今ごろ俺様の実力に恐れをなしたって・・・」
そう言いかけた時、ケフカは自分の体の上にかけられている軍服のコートに気付いて赤面した。
昨日レオがやってくる夢を見たのは夢ではなかったのだ。
「なんだよあいつ、変な所触りやがって・・・」
ケフカは、10年前と比べて階級章が増えたコートに顔を埋めて予定通りさめざめと泣いたが、すっかりやる気を失くした牢番たちにそれを知られることはなかった。
(2008.7.8)
戻る