カインの洗脳が解けた。
ゾットの塔ではテラが死んでしまったが、正直、僕にはカインが戻ってきたことのほうが大きかった。
・・・・もれなくローザも付いてきた。
ああ、邪魔だ。
どこかに捨ててきたい。
今は、皆で地底世界への入り口を探しているところだ。
シドもヤンも頭を抱えている。
一応カインが、地底世界への入り口を開ける鍵を持っていたのだが・・・・。
マグマの石といって、バスケットボールくらいはある。
こんなものを持ち歩かされていたのか、カインは。
待遇の悪い職場だったね。
カインは、皆の信頼を取り戻そうと必死だ。
ローザとは、目を合わせることも出来てない。
元々2人が一言以上の会話をしているところを見たこともないけど。
さっきだってカインは、先頭切ってモンスターに突っ込み、ひどい手傷を負った。
もう、いいから。
そんな頑張らなくたって。
・・・・・ローザなんかのために。
「ここはアガルトの町です。」
「ねえ、皆、今日はもう宿に泊まろうよ。僕、クタクタだよ。」
「えっ・・・大丈夫なのかセシル?そんなこと言うなんて珍しいぞ」
シドは僕には優しい。
カインには冷たいくせに。
カインはすごく損な奴だと思う。
弱みを見せないから、誰かも可愛がられないし、心配もされない。
今だって、鎧から血がダラダラ出ているのに仏頂面を崩さないので、誰もが声をかけるのをためらっている。
「大丈夫か」と聞いたとたんに刺されるような気がするのだろう。
彼が本当は愛に飢えた子犬のような人だということを僕は知っている。
「カインも休みなよ。後で僕がケアルを唱えてあげるよ」
「フッ、大げさだ」
可愛くない。
カインのために休もうと言い出したのに。
「ツインが2部屋と、シングル1部屋を頼むでござる」
1度で良いからシングル5部屋を頼んでくれないだろうか、ヤン。
ファブールにはプライバシーの概念がないのか?
「申し訳ありません、お客様 本日は、シングル、ツインとダブルが1部屋ずつしか空いておりません」
ダブル・・・・?
「あ、じゃあ、私がセシルと・・・・」
「俺とセシルがダブルで!」
ローザが言いかけた途端、カインが制した。
「カ、カイン・・・・?」
今なんと?
「男同士だ かまわんだろ、セシル」
目眩がした。
かまうけど・・・・ものすごく。
僕は、生まれてはじめてローザに感謝した。
ザー・・・・
僕は、バカバカしいほどロマンティックに飾り付けられたダブルベッドに呆然と腰掛けていた。
ピンクのフリルのついたシーツの上には、薔薇の花が散らされている。
ここはいかがわしいホテルだったのだろうか。
それとも新婚さんが泊まる予定だったのだろうか。
・・・・頭が混乱してくる。
風呂場からは、カインの能天気な鼻歌が聞こえていた。
なんだかんだ言って結局僕がケアルを唱えたので、傷が治って上機嫌なのだ。
「セシルすごいぞ、バスタブにもお花が一杯だ!」
・・・・アンタ、バカですか?
イヤイヤ、この鈍さこそがカインなのだ。
「もう、そんな格好でウロウロすんなよ、カイン!」
「んあ?何言ってんだ、男同士だろ」
バスタオル1枚でビールを飲み干すカイン。
しかもそのタオルは肩にかけられ、隠すべきところは全く隠されていない。
僕は、真っ赤になった顔を見られないように、バスルームへ逃げ込んだ。
「僕、どうなるの・・・・?イヤ、どうもならないと思うけど、どうなるんだろう・・・」
薔薇の花びらが浮かぶお湯に浸かりながら、わけの分からないことを考える。
ふと、カインの使いかけの石鹸が目に留まった。
「バロン特製石鹸だ・・・・」
どことなく懐かしい香りがすると思った。
バロンは、石鹸の特産地でもある。
泡立ちが良くて、肌にも優しい、が売り文句だったような。
たしかに他の国の石鹸は使いにくい気もするが、僕はそんなことは特に気にしないたちだ。
洗えたら、別にいいし。
そういえばカインは、遠征に行くときはいつも山ほど石鹸を持って行った。
彼は妙な所で繊細なのだ。
石鹸が変わると風呂に入った気がしないと言っていたな。
僕は、カインの石鹸にキスをして、使わせてもらうことにした。
カインと同じ匂いになりたかった。
「長風呂だな、セシル」
天蓋から垂れ下がる薄いシルクのカーテン。
その奥からカインの眠そうな声が聞こえてきた。
「お前、そっちな」
本を読みながら顎で示す。
彼はダブルベッドの右半分に横になっていて、僕が寝るらしいスペースをちゃんと空けてくれている。
・・・・・よかった、裸でなくて。
でも、カインの紺色のパジャマはやけに高級そうだ。
彼はわりとブランド好きだが、こんなの以前は持っていなかったはず。
「ねえ、カイン、なんかカイン変わったよね」
「ん?そうか?」
僕は、ベッドのすみっこに横になりながらカインを眺めた。
「・・・・なんで巻き毛になってんの?」
多分、パーティーの全員が聞きたかったことだと思う。
ゴルベーザの配下から復帰し、初めて兜を脱いだカインの姿は鮮烈だった。
美しい縦ロール。
もともと綺麗な金髪が、見事に巻かれていた。
「さあ、記憶がない。洗脳されていた時の記憶は、所々飛んでいるんだ。爆発事故にでも巻き込まれたのか・・・」
「何言ってんだよカイン、お前、帰ってきた時パーマ液の臭いがプンプンしてたぞ」
彼の鈍感さはいつものことなのに、なぜかイライラした。
「フーン、じゃ、ルゲイエかなあ あいつ、変な実験によく俺を使ったし」
ルゲイエぶっ殺す。
「案外、ゴルベーザの趣味だったりしてな、ハハハ」
ゴルベーザは2度殺す。
「もう、カインは本当に・・・・・」
「ん?」
「天然だよな」
僕を狂わせる。
パジャマを脱がして髪を切ってしまいたい。
ゴルベーザにつけられた所有の印を僕が消してしまえたら・・・・。
「セシル、怒ってるのか?」
「・・・・少し」
「・・・・すまん、俺、調子に乗りすぎた。軽口きき過ぎだよな。俺は1度裏切った人間なのに、お前たちが以前と変わらずに接してくれるから、つい・・・・。」
「違うんだ、そういう意味じゃないよカイン、気にしないで」
僕が怒ってるのは、カインがあまりにも無防備で、無知だから。
僕の気持ちをかき乱すから。
石鹸の匂いに包まれて、僕たちは眠った。
・・・・・・形だけは。
少なくとも僕はいつまでも起きていた。
「うう〜ん・・・・」
ごろごろごろとカインが転がってくる。
「ちょ、ちょっと・・・・!」
忘れていた。
カインは海のように眠りが深く、そして寝相が最悪なのだった。
どこか別の場所で寝るにも、ソファーひとつない。
地べたに寝ようかな・・・・。
「わっ」
まくらを持って移動しかけた僕をカインの両腕が捕らえた。
後ろから抱きつかれて、身動きを封じられる。
ごていねいに足までからみつけられ、僕は抱きまくら状態だ。
カインの寝息が首筋にかかる。
「カ、カイン・・・・?」
僕はどうしたらいいの・・・・?
全身が熱く火照る。
このまま、どうにかなってしまいそうだ。
「ねえ、カイン起きてよ」
「寝てる」
・・・起きてるし!
「寒いんだもーん。お前あったかい」
なにが「〜だもーん」だよ。
僕は悶々としながら一睡も出来ず、カインが起きた時には瀕死の状態だった。
「ああよく寝た。お前も眠れただろ、セシル」
「ああ・・・」
「やっぱりあったかくするのが1番だな」
カインの天然は凶器だ。
このときの彼の目の下のクマに気づくのはまだずっと先。
互いに若く不器用だった頃のはなし。
(2007.6.18)
小説置き場に戻る