エブラーナ城。
「二の丸に曲者!皆のものであえー!」
俺の城に忍び込むとは無謀な、バロンの犬め。
両親を暗殺で亡くしてまだ数ヶ月。
エブラーナ城主となった俺には悲しむ間もなく、宿敵バロンとの戦に奔走する日々が続いていた。
犬に吠え立てられ、鎖でがんじがらめにされた敵国の暗殺者を見下ろす。
「全身黒ずくめ・・・暗黒忍者と呼ばれる者ですな」
家来の1人が庭に引き立てられた男を見、感心して言う。
「はじめてみました」
「よく捕らえた、顔が見たい」
「殿、あまり近づいては・・・!」
黒い兜を剥ぎ取ると、銀色の髪がふわりと宙を舞った。
「女忍者か・・・?」
悔しそうに俺を見上げる整った顔。
バロン人特有の雪のような肌色をしている。
自慢の妖刀・正宗で装備を1つ1つ切り裂き、暗黒忍者の肌を暴いていく。
「なんだ・・・男か。」
奴の胸元に切っ先を突きつける。
美しい。
「・・・早くぼくを殺せ」
「フン、殺すには惜しい」
「殿!?」
正宗をさやに収め暗黒忍者を抱き寄せた。
「この暗黒忍者、俺の側室にするぞ」
「ええっ!?」
城内が騒然とするが、構わない。俺の側室増殖は今に始まったことではない。
「殿。いけません、早く殺してしまったほうが」
普段無口な青い忍者が俺を止めた。
「飛猿?」
珍しいな。俺に意見か。
エブラーナは実力主義の国だから、多少身元が怪しくても力次第で側近になれる。
飛猿は異国から来た流れ者の忍者だった。
「ふん、寝首をかかれるほど俺はまぬけじゃない。さあ来るんだ、暗黒忍者。だれか寝所の用意をしろ、内装はピンクで。」
「愚かな・・・・」
俺の背後で飛猿がつぶやく声が聞こえた。
「あんた、何の真似だ、早くぼくを殺れ」
先ほどまで氷のような表情をしていた男は取り乱し、わずかに顔を紅潮させている。
可愛いじゃあないか。
「お前に黒は似合わない。白い肌をもっと見せるがいい」
「やだ・・・放せよ・・・っ・・・・」
パタパタと音を立てて、脱がせた装備の隙間から小刀が落ち、畳に刺さる。
「そんなに抵抗するな。俺の側室になれば何でも意のままだぞ。そうだ、一番良い部屋を与えよう。そして毎日着飾って・・・」
細い体にピクリと反応があった。
「・・・ほんと?」
ん?
男の目がきらりと光ったように見えた。
「なんでも買ってくれるの?」
まるでご褒美を欲しがる子犬のようにキラキラした目で俺を見上げる敵国の忍者。
突然、どうしたというんだ?
「えっと・・・まあ・・・ああ」
なんか調子が狂うな。
「嬉しい!」
先ほどまでの恥じらいはどこに行ったのか、青年はガバっと音を立てて俺に抱きついてきた。
「ちゅっ!殿様だいすき!」
「え・・・?どうしちゃったのかな・・・?こいつ・・・」
早く早くと言わんばかりに夜具の中に俺を押し倒しながら言う。
「バロンの殿様はケチでー。お給料は安いし、ぼくになんにも買ってくれないの。」
「はあ、そう」
「その点エブラーナはこんなに発展してるしー、殿様には力がある・・・」
こう褒められると悪い気がしない。
「まあな。エブラーナに比べれば、バロンなど小国にすぎん」
「殿様、カッコイイ!!今夜はぼく、サービスしちゃうよ!!」
「え・・・ちょっと、待って・・・俺・・・まだ心の準備が・・・!・・・・!」
そこから先は、あんまりよく覚えていないんだ。
一体何の術を使ったのか。
あいつ・・・すごく・・・その・・・
「・・・もういい、そんな話は聞きたくない、エッジ・・・お前はもう正気に戻ったんだから」
荒野と化したエブラーナを見渡す崖の上で、俺は今、飛猿とともに旅に出ようとしている。
「国家予算のほとんどをあの忍者ひとりに食いつぶされてしまった・・・」
俺は、洗脳されていたとしか言いようがない。
セシルという名の暗黒忍者は際限なく物を欲しがり、俺はどうしてもそれに逆らえなかった・・・。
「俺も、かつては一国を治める身であった。」
飛猿が語り出す。
「な、なんだと?」
ただの流れ者の忍者じゃなかったのか?
「必死に国を強くし、バロン国からも一目置かれるまでになったある日、セシルが来たんだ・・・お前と同じように」
「・・・飛猿・・・まさかお前も食われたのか・・・?」驚きを隠せない。
「ああそうさ、食われたさ。
だから言っただろう、セシルを殺しておけと。」
苦々しくそう言い捨てて、飛猿は歩きはじめた。
つられて俺も歩く。
行き先は決まっていない。
「バロンは恐ろしい国だな、飛猿」
「ああ、暗黒忍者隊がいる限り、バロンの支配は続くのさ」
「しかし・・・いい男だったな」
いつかまた出会うかも知れない銀色の青年を思いながら、俺たちは旅の忍者となった。
(2007.12.6)
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