ミーンミーン・・・・
最後の闘いの前、バロンに寄る用事が出来た。
夏の始まりのある日。
「これ、何の音だ?」
「どの音?」
辺りを見回しながら仲間に聞くが、銀髪も金髪も緑髪もぽかんとしている。
「お前ら、この大音量が聞こえないのか?」
その時、巨大な虫が俺めがけて飛んできた。
ジジジジと鳴きながら。
「き、来たぞ!!」
思わず忍者刀を抜いて闘おうとするが、敵は素早い。
「くそっ、逃げた!あの鳴きながら飛ぶ大きなハエはなんだ?刺すのか?」
取り乱しているのはどうやら俺だけだった。
「・・・ひょっとして、セミのこと?」
エブラーナにはセミはいない。
そのことにリディアは興味津々だった。
「あれはセミといってちょっとうるさいけど無害な虫なの。成虫になってからは少ししか生きられないのよ」
「へえー。そいつは捕まえないと。国に持って帰ってみんなに見せるんだ」
さっそく手近な所に落ちていた枝で即席の虫取り網を作る。
俺は幼少期から昆虫採集が趣味だったので手際が良いんだ。
「ちょっと、エッジ、ダメ!」
「なんでだよ」
「私の言うこと聞いてなかったの?セミはすぐ死んじゃうのよ。かわいそうじゃない」
「何年も地中で眠ってて、出てきたら知らないうちに大人になってるんだよ。
だから、そっとしておかないと嫌われるんだから」
虫に嫌われてもな。
その時はまだリディアの言いたいことが理解できなかった。
俺は気に入ったものはなんでも手元に置いておきたい。
「わか!」
「あー?」
「セシル王の結婚式に出てからというもの、だらんとしすぎです。」
「あーそうかね」
「わかもそろそろ結婚したくなってきたのでしょう?」
「べーつにー」
リディアなんか大嫌いだ。
セシルの結婚式に出た帰り道、俺はひとりで歩いていた。
もう夏も終わりで、あのうるさい虫どもの声も聞こえない飛行艇置き場までの道すがら、何を期待してたわけでもないけど。
街路樹に変わった虫がとまっていたので、捕まえて帰ってきた。
そいつは大人しくて、触ってもぴくりとも抵抗しない。
リディアもこんなだったらいいのに。
「・・・で、若は幻獣の町になにを贈りますか?」
「・・・・なんの話だ?じい」
「ですから、セシル王の提案です。リディア様のお誕生日に皆でプレゼントを贈ろうと。
カイン様が特別に飛竜を飛ばしてくれるとのことですが
・・・その様子だと、今までの私の話を全然聞いてませんでしたね。」
まったく聞いていなかった。
言われて初めて、目の前に広げられた白い箱の中に様々な大きさの包みがしまわれているのに気づく。
「ローザ様のはきっと服ですねえ。可愛らしい飾りがついていること。」
セシルは本かなんかだろう。
カインは・・・検討もつかない。
他にも沢山。リディアを慕っている者たちからの心づくしの品々。
「・・・こんだけあったら俺のなんか要らないんじゃないの?てきとーに『エブラーナまんじゅう』でも入れといてくれよ、じい」
「なにを拗ねてるんですか若、大人気ない。まんじゅうですと?」
「ガキにはまんじゅうで十分。ついでにこれも」
俺は、あの日捕まえた虫を箱の中に滑り込ませた。
そいつはカラカラに乾いていて、死んでいるんだと思っていた。
飛竜が飛べば、振動でばらばらに崩れて粉になるに違いない。
もし形が残っていたとしても、リディアが意味を知ることはないだろう。
その抜け殻は、俺。
(2008.3.7)
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