朝起きると、俺の視界は銀髪でさえぎられていた。
はらってもはらっても目にかかる銀髪。
ふと手を見ると、見覚えのない傷とほくろがあった。
「生命線が異様に長い・・・俺の手じゃないな・・・」
俺よりも細い指をひとつずつ弾いていくと、スカスカと音がした。
セシルは指を鳴らすことができない。
そうか・・・俺は今、セシルなんだ。
「・・・って、ええっ!?」
飛び起きると、そこは見覚えのある宿屋のシングルルーム。
ここは旅の途中で立ち寄った宿で、セシル、俺、ローザ、エッジ、リディアにそれぞれ個室が割り振られていた。
サイドテーブルにはミルクが入ったグラスと貴重品がキッチリと並んで置かれていて、小さなソファの上には鎧と服がピッチリと畳んで置かれている。
間違いなくセシルの部屋だ。
「まだ寝る前に牛乳なんか飲んでるんだ・・・あいつ・・・もう背伸びないだろうに」
自分のノドから出てくるのは甲高いセシルの声。ノドを触ってみると喉仏がない。
「気持ち悪い・・・」
バロン人らしく素っ裸で寝ており、起きた拍子に生白いセシルの肌がカーテン越しの弱い朝日に照らされた。
こんなにまじまじとセシルの体を見たことはない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、たいしたことないな。」
他人のオモチャで遊ぶなと小さい頃ママンに言われたが、俺は生まれつき好奇心旺盛な人間だった・・・・。
「おはよう。」
「おはようじゃないよ、カイン!ぼく、ずっと待ってたんだよ!ぼくたち、どうしたの?昨日はぼく、ぼくだったのに・・・」
宿のロビーには集合時間キッチリに「俺」が立っていた。
竜騎士の鎧をピッチリと身にまとっているが、ズボンが後ろ前だった。
「俺の口から「ぼく」なんて言葉を聞きたくないぜ、この変態」
俺の顔でうろたえるな。
バシッと兜を叩かれて、セシルがたじろぐ。
「変態!?ぼ、ぼくのどこが・・・!」
俺は、見てしまった。セシルの秘密を。
「フッ、とにかく、俺たちは体が入れ替わったらしいな。なにかの魔法だったらその内解けるはずだ、うろたえても始まらん。とにかくズボンを直せ、Tバックが前に来ているぞ。」
「カインは・・・どうして、いつも・・・」
口ごもりながら、俺の顔をしたセシルがズボンを直しに自室に戻って行った。
ロビーに自分ひとり。
ふと鏡を見るとセシルの顔がこちらを見返していて、心臓がけいれんした。
ああ、なんて顔だ。
ひどく赤くて、いつものセシルじゃない。
「ねえ、見ちゃった?ぼくの・・・」
「ああ、見ちゃった、お前の。」
はじめは何のことか分からなかった左肩の古い傷あとを。
「ごめん、カイン」
「別に、いい」
なんて言えばいいのか分からないが、別にイヤじゃなかった。
セシルの肩には俺の名前が刻んであったんだ。
「・・・早く元に戻らなきゃな」
「そうだよね、ぼく、ジャンプできないし。槍とか長いし・・・」
そうじゃなくて。
「早くお前が食いたい。」
うるうると潤んだ目をした自分相手に一体何が出来るというのだろう。
町が少しずつ起きだしてきた気配の中、起きだす気配もない仲間達を放って俺たちは歩き始めた。
「セシル、頼むから俺の顔で泣かないでくれ」
小説目次に戻る