ふたつの月が重なる時期が来た。
「こんなに接近するのは年に数回しかないらしいな、セシル」
カインは天文学に興味がない。
この時期が来るとバロン城の中庭が解放されて、多くの天体ファンが集まってくる。
僕の一番嫌いな時期。
「それにしても、毎日毎日兵の訓練じゃつまらないな。モンスター討伐でもいいから早く暴れまわりたいよ」
竜騎士団隊長に就任したばかりのカインは、力を持て余し気味らしい。
かくいう僕も赤い翼の隊長になったばかりだ。
ぱらぱらと人が集まりはじめた中庭を横目で見ながら宿舎に帰る所。
城から宿舎への通路には屋根があって、8月の強い日差しを避けることができた。
「すごいねあの人達、この暑いのに・・・」
「あ〜、俺、早く鎧脱ぎたい!なんか背中かゆいし!」
「うん、僕も」
カインの宿舎は、僕の部屋のすぐ隣にある。
隊長になって新しい部屋を与えられたばかりなので、お互いまだ引越しの最中だ。
「カイン、ここ僕の部屋だよ?カインのはあっち」
僕の部屋の前で突っ立ったままのカインが暑苦しい。
「俺、1人で鎧脱げないんだ」
確かに。
カインの鎧はそういう作りになっている。
毎朝2〜3人の部下がつきっきりで上から下まで装備させてあげている。
竜騎士団の某隊員によると、それは一日で最も至福の時ならしい。
・・・ああ、僕も竜騎士団に入りたかった。
「部下を呼べばいいだろ」
「めんどくさい、お前が脱がせてくれ、セシル」
そう言って、ずかずかと僕の部屋に入るカイン。
「なんだ、汚ねー部屋だな、だらしない」
「ちょっと、あんまりジロジロ見んなよカイン!」
僕は片付けが苦手だ。
ベッドの上には朝起きた時に脱ぎ捨てたままの服があった。
下着まで散乱している。
あんまり散らかすようなら「片付けオバさん」を派遣するぞと国王に言われたばかりだ。(←ゲーム本編では派遣されてしまっています)
僕は自分ことは自分でやりたいと思うのだが。
「用意するもの、ネジ回し、ペンチ、金づち、ノミ・・・」
「どういう作りなんだよ、カインの鎧!」
「壊さないようにな。あと、塗り薬くれ」
「塗り薬?」
「背中になんかできてるみたいだ」
さすが生まれながらの貴族。
身の回りのことを他人にやらせるのに、一片の躊躇もない。
僕は、悪戦苦闘しながらカインの鎧を脱がせていった。
「そこ、もっと力入れないと外れないぞ」
「んん?大分力入れてるけど・・・錆びてんじゃないの?」
「失敬な」
「うう〜ん・・・」
パカッ。
「あ、外れた!わっ、湯気が出た!」
「暑かった・・・」
カインは汗かきだ。
鎧の下に着ていた薄い肌着はべったり濡れて、肌に貼りついていた。
「あ〜、気持ち悪い、これも脱ぐ」
「そんなとこに捨てないで!!」
ベタッと音を立てて、カインの肌着が僕のベッドに落ちた。
「下も」
「ハイハイハイ」
カインを包む、青い鋼鉄。
これからの旅の中で何度も脱がせることになるのだけど。
このときはまだ、そんなことは知らなかった。
「カインの足ってキレイ・・・」
カインの膝を見ながらつぶやいていたらしい。
「ああ、そうだろうとも。竜騎士は足が命だ」
「ハッ・・・で、でも、素足に鎧つけたら水虫になるんじゃないの?」
「そっかあ、俺、肌弱いしな・・・フロ貸してくれよ」
・・・アイツはなんで、部屋の主よりも先に風呂に入れるんだろう。
僕は、暗黒の鎧を着込んだまま、ベッドに座って待っている。
・・・黒は熱を集めるんだ。
僕の発汗は多分カイン以上だろう。
カインの着替えまで用意してやったが、これを彼に着させたら、僕は何を着たらいいのか。
洗濯に出すのをサボったことを後悔した。
ああ、式典用のシャツがあったっけ。
ひとりで過ごすなら、ズボンがなくてもいいや。
「ふわ〜生き返った。・・・って、何だよセシル、まだ鎧のままか」
バスタオル一枚のカイン。
「う、うん」
「ひょっとして、お前も一人で脱げないとか?」
「いや、そうじゃない。カインが帰ったら脱ぐ」
「何だその恥じらいは、気持ち悪い。風邪引くぞ」
「や・・・っ」
カインの手が伸びてきて、僕は思わず変な声を出した。
「なんだよ・・・女かよ、お前・・・まあいいや。なあ、ここ、どうなってる?」
差し出された彼の背中は、僕より一回り大きかった。
真っ白な肌の一部だけが赤くなっている。
「むちゃくちゃカユいんだけど」
「湿疹ですね。あせもともいう」
カミソリ負けによく効くとかで、シドがくれた塗り薬があった。
あいにく僕にはヒゲが生えないので使ったことがないが。
「この薬、染みる?」
「いや、全然」
肩甲骨のくぼみに薬を塗りながら思った。
誰のものでもないカインの背中。
この背中が僕のものになったらいいのに。
僕は、気付かれないように彼の肩にキスをした。
「そんなとこにも湿疹があるのか?参ったな」
「・・・うん、参ったね」
僕の気持ちにどうか気付かないままでいて。
その時はまだそう願っていた。
1人になって僕ははじめて自分の鎧を脱いだ。
この時期が来ると鎧が重く感じる。
「なぜ、こんな体に生まれたんだろう」
鏡に映る僕の胸には小さなふくらみ。
ゴツゴツしていた腰の辺りは丸みを帯びてきて・・・。
来てしまった以上、この時期をやり過ごすしかない。
何も見なかったことにして、頭からシャツをかぶった。
手にはカインの濡れた肌着。
カインの匂いがする。
初めて会った時から気になっていた不思議な匂い。
「太陽の匂いだったんだ・・・」
ベッドに突っ伏した。
カインは僕から一番遠い人だ。
僕は月に支配されている。
「う・・・うっく・・・・」
いっそ本当の女の子だったら。
君を奪ってしまえるのに。
僕は一生カインの肌着を抱いて寝るのかもしれない。
それでいいはずなのに・・・それ以上何を望む?
涙が止まらないのは月のせいだろう。
「セシルー!ネジが一個足りねーんだけど!」
「はっ」
バターンと大きな音を立ててカインが戻ってきた。
僕は呆けたようにベッドに起き上がった。
髪はくしゃくしゃで、頬には涙の跡がついたままだ。
シャツから伸びるむき出しの足をだらしなく投げ出して座っている。
「セシル・・・?」
「うん・・・何?」
自分の少女のような姿を見られてしまった。
なのに僕は不思議と落ち着いていた。
胸元に持つ濡れた肌着も離さなかった。
「イヤ、まあ、いいやネジくらい・・・またな」
パタン。
君のせいなのに。
カインに恋をしてから、変化が顕著になってきた。
僕は、月のものになっていく。
ドアの向こうでは、ハイウィンド氏がしきりに首をひねっていた。
「竜騎士は目も命なんだが・・・?」
(2007.7.21)
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