ミストに向かう途中で毒を受けた。

 

こんな所に毒を持つモンスターがいるとは思わなかった。

 

まったくもう。

 

毒消しなんか持ってないし、僕はまだ魔法が使えないし。

 

カインに至っては、魔法学の授業に出たこともない。

決して頭が悪い人じゃないんだけど、勉強が嫌いなんだ、カインは。

 

バロンを出て10歩でこの有様。

 

せっかくカッコよく出発したんだ、このまま突っ込もう。

体力には自信があるし、かすり傷だ。

 

カインにみっともない奴だと思われたくない。

 

運よく、カインは僕が毒を受けたことに気付いてないようだ。

 

僕は、ジンジンと痛む左足を無視することにした。

 

「この辺のモンスターは、俺たちには弱すぎるよな、セシル 皆隠れてるぜ」

 

「あ、ああ、カイン」

 

カインと僕は、競い合うようにして育った。

 

彼とはじめて会ったのは、1年生のときだ。

席が名前順だったので、カインは僕のすぐ後ろに座っていた。

 

貴族出身で、当時のバロン王とも縁戚に当たり、両親を亡くしてからは実質王を父代わりにして育っていたカイン。

 

正直、はじめは気後れしたものだ。

 

僕も王立孤児院で育っていたので、王が父代わりと言えないこともなかったが。

 

キラキラ光る見事な金髪も、少し鋭い碧眼も、どことなく他人を寄せ付けない印象があった。

 

1週間もしたら彼がどんな人物か分かったけど。

 

・・・・・僕を盾にして1日中寝ている。

休み時間だけはハツラツとしていた。

 

嫌いな教師の机に腐った牛乳を仕込んだり、スイカの種飛ばしに夢中になったり。

 

カインはすぐに、クラスのちょい悪なリーダーになった。

 

彼は、太陽のような存在だった。

まぶしいくらいに真っ直ぐで、居ないと火が消えたようになる。

 

僕は、彼に追いつこうと必死だった。

 

それがいつ恋に変わったのか分からない。

 

カインのゴツゴツした手や、形のいい唇

頭をガリガリ掻きながら、大嫌いな書類仕事をする姿を見るたびにどぎまぎした。

 

 

こんな気持ち、カインには知られたくない。

 

きっと気味悪がるだろう。

僕だって、自分で自分が気持ち悪いもの。

 

でも、自分ではどうしようもない気持ちが恋なんだということを僕は知った。

 

 

「洞窟の入り口が見えてきたぞ、セシル ホラホラ」

 

明るく振り返りながら言うカインの姿がかすんで見える。

「ああ、カイン、早く済まそう」

 

僕はザクザクと進もうとした。

この任務を早く終わらせたかったのだ。

 

その時、突然カインが僕の腕を掴んで引き戻した。

 

「な・・・?」

僕の兜を無理に外そうとする。

 

「ちょっと、カイン、引っ張るなよ それじゃ首ごと取れる!」

 

カインは不器用だ。

細かい仕事はできない。

 

仕方がないので、僕は自分から暗黒の兜を脱いだ。

 

「もう、何なんだよ カイン!」

 

「やっぱり・・・・お前、顔色悪いぞ、セシル さっきから妙に息が切れてた」

 

「・・・・別に、自分じゃ何も感じないけど」

 

「じゃあ全部脱いでみろ 俺が見てやる」

 

心臓が跳ねた。

・・・・・なんてこと言うんだよ、この人は。

 

「オラ、早くしろ」

今度は無理やり鎧を脱がされそうになったので、僕は覚悟を決めた。

 

「・・・・・実は足・・・・・」

「バカが。」

 

瞬殺である。

涙が出そうになった。

 

カインにそう言われるのがイヤで黙ってたのに・・・・・

 

僕は、左足の鎧を外した。

生白い、頼りない足がむき出しになる。

 

傷はヒザの内側、鎧で守られていない部分にあった。

ヒザから腿にかけて紫色に腫れ、触ると熱い。

 

かすり傷だと思っていたそれは、重症だった。

 

「・・・・・バカが。」

 

「本当にかすり傷だと思ってたんだ!」

 

二度もバカ呼ばわりされて、さすがに反論しようとした時だった。

 

「え・・・・・」

 

カインが僕の足に口をつけて、傷口を吸った。

 

濡れた唇と舌の感触が伝わって来て、僕は息をすることも出来なかった。

 

彼は何度か毒を吸い、吐き出した。

 

「時間も経ってるし、こんなの効くかどうか分からんがな・・・・・

竜騎士団の隊員が毒にやられた時は、いつもこうしてやるんだ たまに助かるときもある」

 

気がつくと僕は震えていたらしい。

 

「どうしたセシル、寒いのか?」

「別に・・・・・」

 

「でも泣いてるぞ」

 

ああ、僕はどうしてしまったんだろう。

 

人前で泣くなんて初めてだ。

 

カインには、ただそばにいてくれたらそれでいいと思っていたのに。

彼が生きているだけで幸せだと思ってたのに。

 

僕は、カインのすべてが欲しくなってしまったんだ。

 

自分の浅ましさに後から後から涙が出てきた。

 

「セシル・・・・」

 

・・・・そろそろ殴られる。

僕が弱いところを見せると、いつだってカインは暴力に訴えてきた。

 

身構えた僕に伸びてきた腕は、予想外に優しかった。

 

「セシルは我慢しすぎる」

カインは僕を抱きしめてくれた。

 

そして呟くように言う。

 

「暗黒騎士になった者は、やがて体の感覚を無くしていくという・・・・・

俺は、親友がそんな風になるのは嫌だ」

 

そうか・・・・・・。

 

あなたは、僕のことを本当に心配してくれていたんだね。

それなのに、僕は・・・・・。

 

「カイン・・・・」

 

「よしよし」

 

すぐにカインの声は、普段通りに戻った。

 

頭を優しくなでてくれていた手にも、必要以上の力が戻ってくる。

カインは僕の髪の毛をグチャグチャにし始めた。

 

・・・・・・・彼は、照れても暴力に訴える。

 

「もう、何すんだよカイン!」

 

僕たちがいつも通りのじゃれ合いを始めたころには、涙もすっかり乾いていた。

 

 

僕の気持ちがカインに届くことはきっとないのだろう。

 

それでも、この日の毒はいつまでも僕の中に残っていて、僕を狂わせていくんだ。

 

僕を食べたら毒の味がするだろう。

(2007.6.17)



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