バロンには珍しく、大雪が降った。

そんな日は早く帰ってしまいたかったが、カインはレポートの再提出を言い渡されてしまったため遅くまで学校に残るはめになっていた。ようやくレポートを再提出し、早く帰ろうと学校から出たところだった。
落ちてきそうなほど重い灰色の空が頭の上に広がり、そこからぱらぱらと銀の結晶が落ちてくる。
まだ、雪は止みそうにない。

「こんな日に限って…あのクソ教官、覚えてろ!」

雪がだいぶ積もっているのか、足もとが悪い。歩くたびにふらふらして、何度かよろめきそうになった。
歩くたびにブーツの中に雪が入ってきて、融けてびしょびしょになりすごく気持ち悪い。
なんとか一歩一歩踏みしめて歩いて行くと、雪の中に何かが倒れているのが見えた。

「ん…?何だ?」

よろめきながら、しかし、できるだけ早く歩いて近寄る。
見覚えのある銀髪と、夕刻に見たベージュのコート…セシルだった。
雪の中に顔を埋める様にして倒れこんでいて、ぴくりともしない。
その瞬間、顔からサッと血の気が引いた。

「だ、誰か…!」

きょろきょろとあたりを見回すがこんな大雪の中、誰も歩いてはいなかった。
とりあえず急いでその場にしゃがむと、セシルの体をひっくり返す。
その顔はまるで眠ったような顔でぐったりしていて、息をしている様には見えなかった。

「…人口呼吸…とか…?」

万が一の事態が頭を過ぎる。前に講義で習った、うろ覚えの人口呼吸を思い出す。
ええと…確かこう、唇をあけて…。セシルの口を開かせ、自分の唇をゆっくり寄せようとする…が。

「ぷ…あはははは!もうだめ!あはは!」
「ぇ…?」

先ほどまでぐったりしていたはずのセシルが急に顔を歪ませ、思いっきり笑い始めた。
急な展開に頭がついていかず、しばらくぼーっとその場に座り込んでいた。

「カインおろおろしちゃって…っ…おかしすぎて…がまんできなくなっちゃった!あははは!」

笑いをこらえながらしゃべるセシルに、ようやく自分がだまされたことに気づいて頭にカッと血が昇る。

「てめー!騙したな!本気で心配して損した!」
「死んだフリしてみたんだけど、ここまでうまくいくなんて思わなかった!やった〜」
「もういい、俺帰る」

その場から無性に離れたくなり、すくっと立ち上がる。
それから積もり積もった白い雪を踏み荒らすようにして歩き始めると、後ろからセシルのいつもの声色が響いた。

「帰っちゃうの?」
「当たり前だ!すげー気分悪い」
「僕、体冷えちゃった…あっためてほしいな…」
「は?!」

後ろを振り返ると、セシルは薄っすらと妖艶な笑みを含んだ顔をしてこちらを見ていた。
澄ました深い青色の瞳が、僅かに潤んでいるような気がした。
それからちょっとわざとらしく、寂しそうにぽつぽつと喋りかけてくる。

「…だめ?このままだと僕、風邪ひいちゃうかも〜…」

この確信犯め…でも、こんなセシルに弱い俺はもっとどうかしてる。

「…こっち来い、そんなトコに立ってると余計寒くなるぞ」
「やったぁ、カインありがとう!」

セシルが雪に足を取られながらひょこひょことこっちにやってきて、俺の腕に自分の腕を回す。

「カイン、大好き!」
「…ああ」

その笑顔は雪のように白い肌に頬だけが紅を差しててとてもきれいだった。
昔、絵本で見た白雪姫もこんな肌をしていたっけ。

「セシル、目、閉じろ」
「え?うん」

俺は白雪姫が二度と眠らないように、その唇にそっとキスを落とした。









ありがとうございました!そして誕生日おめでとうございます。



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